②父の説得
謎は続きます‥。
コンコン‥。
控えめなノックが響いて、リリアは顔をあげた。
いつの間にか明るい日差しは夜の色が混じり、いかに自分が考えに没頭していたかに気付く。
「‥リリア?いるのか?」
ノックに続いて聞こえたのは控えめな父の声。
現王妃陛下の弟であり、現宰相のリリアの父アーバン=オズモンドは、通常はこんなに早く帰宅することはない。
王家を支える重臣の1人でもあり、王宮で働きづめなのが常なのだ。
「お父様?どうぞ‥。」
晩餐よりもまだ早い時間。
何より自室に父が訪ねてくることは滅多にない。
リリアは首を傾げて入室を促した。
ドアは静かに開き、気まずそうな顔の父が姿を現す。
「いや、すまんな‥。ちょっと話をしたくて‥。」
「ええ‥。」
アーバンはドアを閉める直前にバッと振り返り廊下をキョロキョロ見回した。
そして誰もいないのを確認すると今度はバタンと勢いよく閉める。
「‥内密な話なのだ。リリア、今日王宮で小耳にはさんだのだが‥婚約破棄を申し出たというのは本当か?」
ぐぐっとリリアに迫る勢いでアーバンは切り出した。
少し顔色も悪いようだ。
「‥ええ。申し訳ありません。相談もなく勝手に‥。」
シュンとして謝ると、父は全力で首を振った。
「いやいやいや!怒ってるわけではないのだ!全く!全然!ちっとも!!」
「は、はあ‥。」
慌てた父にガシッと両肩を掴まれて、リリアは瞳をまん丸にした。
「ただ、理由が‥理由が知りたくて、な。殿下も戸惑っていらしたので‥気になって、な‥。」
殿下が‥、あの婚約者が気にしてる?
「まさか。ありえませんわ。」
リリアは自分でも驚くほど反射的にそう返した。
「3年もの間音沙汰がなく。その間は数々の浮き名も流されてると聞いておりますし‥。」
「え。」
「お父様もご存知でございますでしょう?王宮で毎日のようにご一緒に執務室で働かれてるでしょうし‥。それになにより‥、」
リリアは固まっている父に向かってビシッと宣言した。
「わたくしは、誠実ではない方はお断りです!」
「‥‥‥そ、そうだ‥な‥。」
娘の熱のこもった言葉に、アーバンはガクガクと頷くしかなかった。
が、気を取り直すように軽く咳払いをして、アーバンは神妙な顔で続けた。
「‥お前の気持ちは分からんでもない。‥が、王族と結んだ婚約だ。一方の事情で破棄を申請しても簡単には通らないのが当然なのだ。」
「はあ‥。」
「なので、とりあえず明日にでも王宮へ行くことになった。」
「は!?」
「‥本当に破棄をするにしても正式な場を設けねばならんしな。それに‥。」
「‥皇太子殿下のご要望なのだ。」
シン‥と場が凍ったのを感じて、アーバンはおそるおそる娘を見やった。
「‥‥‥!?」
そして一瞬で後悔した。
大陸一の美しい娘が、能面のような無表情でそこにいる。
「り、リリア‥‥‥?」
「‥‥‥伺いますわ。殿下のご意向に逆らうことはできませんものね。」
リリアは小さ過ぎる声で呟くと、口元だけで笑みを浮かべる。
アーバンは初めて娘が怖いと思ったのだった。
翌日。
「なんだか久々ね、王宮に来るのも。」
リリアはふぅと長いため息をつくと、豪奢な王宮の長い回廊に佇む。
昨晩の父の言いつけ通りに王宮を訪問したはいいものの、全くもって気が向かない。
そして足も進まない。
顔見知りの衛兵に案内された、王宮の奥に位置する王族のプライベートエリアは限られた者しか入れない。
リリアはもともと宰相の娘、公爵家令嬢、加えて“まだ皇太子殿下の婚約者”である為、誰に咎められることもなくこのエリアに足を踏み入れられるのだ。
「リリア様、殿下がお待ちです。」
音もなく侍女が現れて、少し先の大きな扉へ先導を始める。
全くもって気が進まないが、リリアはゆっくり従った。
ただただ憂鬱だ。
「殿下、リリア様がお越しです。」
侍女がノックと共にそう呼び掛けると、中から懐かしい声がした。
「‥入ってくれ。」
すみません。今度こそ次回婚約者が登場します(^-^;)