①予想外の始まり
王道が大好きなのです(^^)
雲1つない青空に、小鳥たちのさえずり。
降り注ぐ暖かい日差しはまだ夏の始まりを告げるには早いが、その光を目一杯吸収したポカポカな芝生の上は、昼寝をするのにちょうど良さそうだ。
そんな平和な、とある国の、とある公爵家の昼下がり。
突如空気を切り裂くような叫び声があがったことで事件は始まった。
「‥‥しんっじられない!!!!」
腰まで伸びた金糸のごとく美しい髪を震わせ、アストレリア王国公爵令嬢リリアは、決して上品ではない所作で手紙を床に叩きつけた。
足下にはぐしゃぐしゃの王家の紋章入りの便箋がある。
「よくも今さら‥‥。さんざん蔑ろにしておいて‥。今さら約束など‥!」
リリアが絞り出すようにそう言うと、部屋隅に控えていた侍女がおずおずと声をかける。
「リリア様‥、そのご反応ですと、やはりその手紙の差出人は皇太子殿下で?」
「その通りよ、ミオ。ようやく婚約破棄の申請が通ったのかと思っていたら!‥‥王家は‥いえディボルト殿下は何を血迷って‥!」
「ま、まさかご婚約破棄がなされなかったのですか‥?」
ミオが震える声で尋ねると、リリアは王国一‥いや大陸一と噂の美しい顔を悔しそうに歪ませ、両手で頭を抱えた。
「その、まさかよ!17の年になってようやく自身の手で公式な手続きをふめると思ったのに‥!返ってきた返事は、婚約破棄の申請は破棄する旨の内容だったわ!」
「ま、まさか‥‥。」
「そのまさかよ!一体私にどうしろと!?‥‥あの人に愛されていないことは承知の上だったけれど、もう3年もほったらかしにされてるのよ!?そろそろ自由にさせてくれたっていいじゃない!」
「あー‥。リリア様は恋愛結婚至上主義でしたっけ?」
ミオは会得がいったとばかりに頷きながら呟くと、リリアは「そうよ!」と大きなアメジストの瞳に涙を浮かべながら振り返った。
「私だって貴族の端くれだもの。自由に恋愛結婚なんて可能なわけないとは思っていたわよ‥。」
「リリア様‥‥。」
「‥でも、あの人が婚約者だと決められた時は戸惑いもあったけどこれから時間を掛けて愛を育んでいけたらと‥12才ながらに思っていたわ‥。」
そう。だから5年もの間、お妃修行に励んできたのだ。
夜会デビューも婚約者側の意向で最初のダンスが終わると帰宅するようルールを設けられ、それ以降も煌びやかなあの舞踏会は30分しか参加を許されず。
「‥‥珍しいデザートは後半に出てくるから食べれなかったし‥。楽しんだ思い出なんか皆無だったわ‥‥。」
リリアはポツリと呟いて、ショボンとした表情でソファーに腰をおとす。
「それでも我慢してきたのは婚約者として少しでもあの人の負担にならないようにしたかったからなのに‥。」
そんな初々しいリリアの言葉に、今度はミオは怒りのこもったため息をもらした。
「でもここ3年ほど、皇太子殿下は夜会の同伴どころか、公爵家へのご訪問もございませんでした。リリア様が婚約破棄の申請をされるには十分な材料です!」
「しかも浮き名をいくつも流しておいて‥」とミオはリリアの為にお茶を用意するため、ワゴンのティーポットに手を延ばした。
そうなのだ。
リリアが婚約破棄申請までに至ったのは、かの婚約者が浮き名を流し始めたのが一番の原因なのだ。
愛がなくても誠実であれ。
リリアが唯一願っていた相手に対する信念が、あっさり壊されてしまったから。
カチャリ、とハーブのいい香りのするティーカップをリリアに差し出しながら、ミオは自慢の黒く若干太い眉を八の字にした。
「どうされますか‥?申請を破棄されるだなんて‥。」
「‥そう、ね‥‥。」
国の最高機関である王家の紋章入りで婚約破棄の破棄を出されては、まず打つ手はない。
でも不思議なのだ。
リリアが憤ったのは、今回の婚約破棄はあっさり受け入れられると思っていたから。
「私と結婚したくないから‥心変わりしたから、無視し続けてるんじゃないの‥?」
首を傾げたリリアは、床に落ちたぐしゃぐしゃになった紙を拾った。
その瞬間、ふわりと香ったのは懐かしい婚約者のコロン。
(今さら私に何をさせたいのよ‥‥。)
まだ12才ながらに愛そうと誓った婚約者の顔を思い浮かべながら、リリアはうっすらとため息をもらした。
噂の婚約者は次回登場です。