宮仕えロビンの仕事と恋1
今日からしばらく、ロビン視点のお話です。
ちなみに、白雪姫には欠かせない「あの方」も
やっと登場です。
それでは、お楽しみください!
彼女を初めて見かけたのは、出来るならば会いたくないと思っている叔父の結婚披露宴の宴だった。
蜂蜜色の豊かな髪に、気の強そうなキリッとした目、顔のパーツはどれも絶妙にバランスが取れている。
そして、豊かな胸に、細い腰、お尻はドレスで形はわからないが、多分理想的な形をしているだろう。
背中のラインもなんともそそられる。
なんとも蠱惑的な美人だと思った。
口元のほくろが、これまた彼女の色気をより一層ひきたてている。
立ち振る舞いは、とても洗練されている。まるで、花の女王のようだった。
この時の俺はまだ気がついていなかったが、今にして思えば、この時、既に俺は、恋に落ちていたのだろう。
会ったその日に、彼女は結婚している時点で、叶うはずのない恋なのに...。
彼女の隣には、いつも人の好さそうな顔をした叔父が、ワイングラスを片手に招待客と談笑している。
腹の中では、いったい何を考えているのかわからないというのに、呑気に話している客を見ると、腹立たしい。そして、時折、頬を赤く染めながら会話に入っている彼女も。
みんななぜ、あの男に騙されるんだ。
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俺は、この北の辺境地トルタイム領ジェファー侯爵家の嫡男として生を受けた。
この領の民の為に尽力し、俺を厳しいながらも愛情深く見守る父と、そんな父をサポートしながら優しさに溢れていた美しい母の元、のびのびと育っていた。
勉強は嫌いではなかったが、天気の良くない日が多いこのトルタイムで、晴れた日があれば、いつも屋敷を飛び出し、山の民であるイーサムの家へと遊びに走っていっていた。
同じ歳のイムサムとは気があって、よくイタズラをしては、イムサムの父であるイーサムに二人一緒に怒られていた。「領主の息子を怒るなんて!」と最初は思っていたが、イタズラの内容が内容だっただけに、怒られて当然だったし、我が子同然に怒ってくれるのが、いつの頃からか嬉しくなっていた。
俺が今、奢らずまともな思考でいられるのも、イムサムのおかげだと思っている。
このまま、この地で両親の元成長し、いずれは、両親の愛したこの地の領主に俺もなるのだと思っていたが、あの日を境にもろくも崩れていった。
あの日、俺はイムサムと一緒に考えたイタズラを仕掛け、反応を見るために寝室に忍び込んでいた。
部屋の扉が開く音が聞こえ、両親が隣の部屋に入ってきたので、寝室からそっと覗き、両親の様子を窺っていた。二人の談笑が聞こえていたが、バタンと大きな音が聞こえたと思った瞬間、明るかったはずの部屋が急に暗くなり、「どすっ」という鈍い音と、母の悲鳴が部屋中にこだましていた。訳もわからず、ガタガタ震えだす己にも気がつかず、ただただ必死で中の様子を見ていたが、暗くて何が起こっているのか分からなかった。
そこに雷の光がピカッとひかり、両親の他に、血の付いたナイフを握り占めている男が一人立っているのが、わかった。もう一度雷が光り、男の顔を見ると、それは、たまに屋敷を訪れては一緒に遊んでくれた父の弟である「叔父」だった。
気が付けば、俺は母方の祖父の家で生活をしていた。話を聞いた所、あの事件の後、気を失っていた俺は執事のアダムに発見されたが、その後しばらく高熱を出してうなされており、熱が引いた後も、顔の表情は抜け落ちて、何をしても反応がなかったらしい。
事件の話を聞き、駆け付けた母方の祖父母は、俺の様子を見て、「これではダメだ」と判断し、しばらく祖父の家で預かることになったらしい。何となく場面、場面覚えてなくはないが、事件後の自分の記憶は、ひどく曖昧だった。
そうこうしているうちに、俺が幼かったこと、そして人形のようになってしまっていた為、侯爵家の跡は、あの叔父が継いだ。その事を後日知った俺は、祖父にあの事件の事を訴えたが、記憶喪失になっていた子供の言う事を取り合ってはもらえなかった。そして、物取りの犯行として処理されたという事を、その時に知ったのだった。
だが、自棄になり道に外れそうになっていた俺を、半ば強引ではあるが、人の道に戻してくれたのも祖父だった。
その後、王国の将軍職に就いていた祖父の元、必死に勉強し、鍛錬を重ねていった。確かに両親を亡き者にした叔父が憎かったが、ただ指を咥えて見ているしかなかった自分が許せず、力が欲しくて必死になっていた。そのおかげか士官学校では、優秀な成績で卒業し、現在、軍に所属し、王弟殿下の元で、働いている。
この王弟殿下、金髪碧眼、中性的な優男で、見るからに王子様なのだが、その実非常に腹黒い。
兄である王の為、国の為にと、新王即位と共に新設された部署で、反乱分子をあぶりだし、内偵し、黒と決まれば、葬りさるというのが主な仕事である。
腹黒い…いや、切れ者の殿下の功績はすごかった。そんなに切れ者ならば、王位を狙えるのではと思ったが、本人は全くその気がなく、身動きが取れない王よりも、ほどほどに権力があって、好き勝手できる今の地位の方が良いらしい。
そんな殿下の元で働き始めて数年。
ひたすらこき使われた記憶しかない...。
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ある日、とある任務完了の報告をしに殿下の執務室を、訪れた時の事だった。
「北のトルタイム領って、君の実家だったよね。」
「ええ。今は叔父が継いでおりますが。」
「次の内偵場所、君、トルタイム領ね。」
「は?」
「きな臭い噂がチラホラ出てきててさ。でも、あそこの現領主って、殆ど社交とかしないじゃん?取っ掛かり探してたんだよね!」とニヤリと笑う。
「しかし、私自身、あそこに暮らしていたのは、幼少の頃までですし...。」
「でも、没交渉ってなわけでもないでしょ?それに、君も色々腹の中に溜め込んでいる物あるんだろう?ちょっと行ってきてよ。」
クッ、
どこまで俺の事情、把握してるんだ。
「御意。」
「頼んだよ~。」
と手をヒラヒラさえて、俺を置いて殿下は自分の執務室から出ていった。
あの人(殿下)には、改めて逆らえないと再確認し、俺は、叔父に接触を図っていった。
まずは、関係構築からと、最初に手紙のやり取りだけにし、頃合いを見て、少しずつ屋敷を訪れ、叔父との距離を縮めていくことにした。
久しぶりに訪れた屋敷は、見た目は何も変わっていないはずなのに、両親が存命していた頃の温もりがまったく感じらえず、冷たい重苦しい屋敷に代わっていた。
使用人もだいぶ入れ替わっていた。
執事のアダムはとっくに屋敷を辞しており、当時従僕だったロンバートが執事へと昇進していた。
そういえば、屋敷内を歩いていたら、一人の侍女がずっとこっちを見ているので、声をかけたが、どうやら昔から働いている者らしかった。良く覚えていなかったが、悪いと思い、話を合わせていたら、気を良くしたのか、それ以後、何度となく話しかけられるようになったが、あまりにも時と場所を選ばないその様子に、今の使用人の質の低さが窺い知れ幻滅した。
久しぶりに会った叔父は、相変わらず美大夫で優しい顔をしていた。
あの頃は、そのまま優しい顔として受け取っていたが、今一度見てみると、その優しい実の奥に薄ら冷たい物を感じた。
そして実際、叔父と対峙したら、感情を抑えられるのか心配していたが、時間の経過の成果か、それとも、無理難題をいつも押し付ける殿下のおかげか、叔父の前で取り乱さずに済んだ。意外と自分は薄情なのかと自嘲してみたりもしたが、仕事に集中することにより、精神を保とうとしている気もした。
最初の頃こそ、優しい顔をしつつも、目の奥で「今更何しに来た」と警戒をしていた叔父だが、ヘラヘラ笑い年相応の女の子が大好きで、少し頭の足りない男を演出していたら、だんだん警戒感が薄れてきたようで、今ではだいぶ叔父の懐に入りこむことが出来ている。
そんな中で招待されたのが、件の叔父の再婚披露宴だった。