トルタイム領の白雪姫
翌日、朝からお屋敷は騒がしかった。
そりゃあ、そうだ。
侯爵令嬢が突如として、消えたんだもん。
何食わぬ顔をして、朝食を取りにダイニングルームへ行く。
「全ての出入り口は、確認したのか?」
「はい、確認いたしました。」
「どうか、なさいましたの?」
眉間に皺を寄せたエドワードと顔に疲れが見えているロンバートに、話しかけてみる。
さあ、最後の仕上げよ!
上手く演じなさい、私!
「奥様、実は...。」
「クリスが、クリスがいなくなったんだ!」
「何ですって!どういうことなの?」
「今朝、侍女がお嬢様を起こしに行ったところ、ベッドの中にはいらっしゃらず、今、屋敷内を総出で探しているところです。」
「なぁ、カメリア、何か知らないか?気づいたこととか、物音をきいたとか...。
何でも良いんだ、何でも...」
「パーティーで疲れてしまってて、ごめんなさい...。」
「なあ、カメリア。君、本当にずっとパーティーにいたよね?」
いつも優しい顔のエドワードが(対応はそれにあてはまらず!)一瞬にして顔を強張らせ、
一歩一歩、私に近づいてきた。
「え...っ」
怖い...。背中に寒いものを感じる...。
「やだなぁ、叔父上!姉上は、叔父上と挨拶回りした後、私と踊っていたじゃないですか!」
気がつくと、後ろにロビンがダイニングルームに入っていた。
ナ、ナイスだロビン!
あのダンスがこんな時に役に立つとは!
「そ、そうだったな。すまない。気が動転していて。」
「いえ、お気になさらず。わ、私も探して参りますわ。」
と言ってふらつき倒れそうになる私。
「奥様、大丈夫でございますか?
さ、奥様は、部屋でお休みになっていて下さい。
クリス様は屋敷の者で、探しますので。」
そして、侍女に連れられ自室に戻り、少し休みたいと言って人払いをした。
懸命な捜査にも関わらず、クリスは見つからなかった。
私は、そっと胸をなでおろす。
あれからエドワードの表情が抜け落ち、日に日にやつれていった。
屋敷の中は、より一層どんよりとし、まるで、お葬式のようだった。
私もバレない様、クリスは突然消えたと思い込むようにし、なるべく部屋に閉じこもり、食事の量も減らしてみたりと工作に勤しんでいた。
クリスの様子を見に行きたかったが、せっかく上手く逃がしたのに、足がつくのを恐れ、ぐっと我慢した。イーサム一家の面々とクリスの性格を考え、きっと大丈夫だろうと思うようにする。
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厨房に水を取りに行くのが、もはや日課となってしまったある日、
いつものように厨房に水を取りに行こうと廊下を歩いていると、侍女たちの井戸端会議に遭遇してしまった。
「旦那様、すっかり気落ちしていまって。」
「白雪姫様も、いったいどこに行ってしまったのかしら...。」
ん?
「カメリア様も食が細くなっているらしいわよ!」
「またまた、あの女に限って、そんなことあるかい!」
「それもそうね。」
「ロンバート様の髪も白髪がずいぶん増えたんじゃないかしら。」
今、白雪姫って言った?
なんだ、なんか引っかかるぞ...
何だ、何が引っかかるんだ
継母、魔法の鏡、白雪姫...。
まさかっ!
気がつくと侍女たちに突進していっていた。
「ちょっと!あなた達!」
「「「ひっ!」」」
「今、何て言ったの!?」
「ロンバート様の白髪が...。」
「その前!」
「カメリア様の食が...」
「もっと前っ!」
「白雪姫様が...」
「そう!それ!何、白雪姫って!」
最初こそ、ビックリしていた侍女たちだが、だんだんいつもの調子を取り戻してきたらしい。
「クリスお嬢様の愛称ですよ!旦那様が、雪のように白いお嬢様に因んだ愛称ですよ!」
知らないんですか?と馬鹿にしたようにクスッと笑っていたが、そんなことはどうでも良い。
血の気が段々引いていくのがわかる。
私は、急いで自分の部屋に戻った。
「ねぇ、スリン!」
「は~い、カメリア。なんだい?二件目かい?」
「ええ、二件目で良いわ!
ここって、白雪姫の、童話の白雪姫の世界なの!?」
「へ...。何で君が、そんなこと知ってるの?」
「質問に質問で返さないで!」
「君は、正しい。ここは現実の世界であるけれど、童話の白雪姫の世界でもある。」
なんてこった。
前世(ほとんど役に立たないけど)持ちだとは思っていたけど、いわゆる異世界転生だったとは...。
にしても、ゲームとかじゃなくて、まさかの童話。
シンプルだけど、逆に難しくない?
うっかり、スリンに「世界で一番美しいのは誰?」とか、ノリで聞かなくて良かったわ...。
聞いていたら絶対フラグ立ってたわよね。
いや、スリンに白雪姫って答えられても、嫉妬するどころか、
「ですよね~、スリン分ってるぅ~」とか思いそうだけど。
「おーーーーい、カメリアーーー。」
話の強制力って、どの位なのかしら?
えっ、待って!ということは私、悪役令嬢じゃない?
違うか、悪役継母か?
いや、この場合、継母は悪役と相場が決まっているから、「悪役」継母とは言わないのか。
どおりで、自分の顔が、ちょーーっと威圧感のある顔なわけだわ。
しかも、だいぶ話進んでいるわよね。
あれ、白雪姫って、ストーリーいくつか諸説なかったかしら?
どれだ?どの話が進行しているんだ?
「カメリアったらーーーー!返事してよーーー。」
てか、自分自らが狩人になって、屋敷から連れ出してるし!
待て待て待て、落ち着け私。
どの話だって、最後は毒リンゴに行き着くわよね。
私は、作らないけど、でも、誰かが持ってくる可能性あるし...。
よしっ
「ねえってバーーーー!」
「ねえ、スリン、三つ目よ!
毒リンゴの解毒剤の作り方、教えて!」