決戦は、収穫祭!
こうして着々と、且つ誰にもバレずに「クリスお屋敷脱出大作戦!」の準備を進めていった。
もちろん、クリスにも前回利用したボートで決行日の数日前、
本人の意思を再度確認の上、作戦の説明をした。
作戦当日、お屋敷では領内の名士たちを呼んで、パーティーが行われる。
普段は居ない者として扱われている私だが、どうやら今夜は領主夫人として扱ってもらえるらしい。
かといって、パーティーの準備等女主人の役割は与えられることはなく、挨拶周りをエドワードと一回りしたら、「あとは、ご自由に」と言って、彼はどこかに行ってしまった。パーティー開催さえる旨も、それに出席することも事前に聞いていたし、今までのことを考えると、ほっとかれるのもわかっていたので、計画通りといえるだろう。
ただ、放置される前に、せめて一曲位ダンスに誘ってくれても良いのでは...。と思った気がしたが、きっと気のせいだ。
...そして、私は誰にも気づかれずにパーティー会場からそっと離れる。
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収穫祭では、貴族はパーティーを開くが、庶民は思い思いの服を着てランタン片手に町を練り歩くのが、祭りの醍醐味となっている。そこで私は、衣装である狩人の服を購入し、クリスには、男の子の衣装を用意した。足がつかない様にこれだけではなく何着か違う種類の服も合わせて購入したのだった。
屋敷内は、パーティーを担当している者以外は町に出て、収穫祭を楽しんでいる為、屋敷内の住居スペースにいる使用人は、少なく手薄だ。
脱出ルートに隠してあった衣装等を取り出したりと、準備を進めていると、緊張した面持ちのクリスがやってきた。
「こんばんは、お義母様。」
「いらっしゃい、クリス。誰にも見つからないで来れた?」
「はい。」
クリスを部屋内に招き入れ、私はそっと人の気配がないか確かめる。
お互いに服を着替え、準備が整ったら、ランタン片手にいざ脱出だ!
ちなみに、脱出前、狩人の恰好の私を見たクリスから「お義母様、かっこいいです!」と興奮気味に言われ、久しぶりに容姿を誉められた私は、心の中で有頂天になっていたのは、ヒミツだ!
脱出通路の入り口は、閉めることが可能だが、念には念を入れ、誰かが入ってきてもわかるように、数か所に糸で張った鈴を設置しておいた。「心の安心」これ大事!
脱出通路を無事に通り、森へと出る。
遠くの方で聞こえるフクロウの声や虫の声が聞こえる夜の森を歩くのは、心細かったが、これからのことを思うと、私よりもクリスの方が不安なはずだ。私はクリスの手をぎゅっと握りしめ、足早にイーサム家へ向かった。
「ようこそお越しくださいました。カメリア様、クリス様。お待ちしておりました。」
「せっかくの収穫祭なのに、ごめんなさいね。」
「いえ、お気になさらず!」
「クリス、しばらくお世話になるイーサムさんご一家よ。ご挨拶しましょうね。」
緊張した面持ちのクリスだったが、イーサムの子供達の挨拶が終わる頃には、顔が緩んでいたから、きっと大丈夫だ。
「いいこと、クリス。ここにお世話になっている間は、一旦、自分が伯爵令嬢ということを忘れて、溶け込みなさい。誰にも自分の名前と身元を知られては駄目よ。そして、もし見つかってしまったら、逃げなさい。
イーサムも、もし追手がきたら森で拾ったって言って。最終的に私の名を出しても良いわ。その際は私に脅されたって言っていいからね。
お義母様、たまにここに来れると思うけど、良い子にしててね。」
とそっとクリスを抱きしめた。
「イーサム、それではどうぞよろしくお願いいたします。」
「もう行かれるのですか。」
「ええ、戻って自分のアリバイを作らなきゃ。」
と軽く笑って、私は小屋を後にした。
ふと見上げた夜空には、きれいな星空が広がっていた。
今気がついたという事は、自分もやはり相当緊張していたのだろう。
気を引き締め直して、急いでまたお屋敷に戻ろう。
自分の部屋に戻ると、クリスの痕跡がないか、再度確認し、
元のドレスに着替え、装飾品を身に着け、髪の乱れを直し、パーティー会場にそっと戻った。
誰にも気づかれていないことを確認し、気を緩めた瞬間、肩をトントンとたたかれ、ビクッとなってしまった。恐る恐る後ろを振り返ると、いつものヘラっとした顔のロビンが立っていた。
「やあ、お姫様!ご機嫌麗しく!」
「ろ、ロビンこそ、」
あまりにもビックリして、どもってしまった。
冷静にならなくては。
「どうです?一曲、僕と踊っていただけないでしょうか?」
気持ちを落ち着かせ、改めてロビンを見てみると、正装をしているせいか、いつもの1,5割マシマシでかっこ良かった。周りに目線をやると、年ごろのお嬢さん方が、チラチラ視線を送っている。まあ、そりゃこのルックスで、王都軍に属していて、領主の甥というステータスじゃモテるわな。
「まあ、うれしい!ありがとう。でも、こんな伯母さん誘うより、ほら、もっと若い子誘いなさい。」
「そんな事、言わず!」
「それにね、まだ私エドワードと踊ってないのよ。自分の夫とも踊っていないのに、甥っ子とはいえ、他の男性と踊るのは、ちょっとね...。わかるでしょ?」
と言い終わるとロビンは少しキョロキョロし、近くを通たエドワードを捕まえると、ダンスの承諾をさっさと取り付けてしまった。
久々のダンスは、とても楽しかった。
が
今後は是非とも、森を一往復していない時に、お誘いいただきたい!
結構、足にきている...
と、事情を知らないロビンに言っても仕方がないので、心の中でクレームをつけていたら、
ダンスに集中していなかったのが、悪かったらしい。
「この前、手に取っていた狩人の格好は、今日は、しないのですか?あの格好をしたあなたも、きっと、魅力的なのでしょうね。」
「...え?」
耳元で囁かれ、対応に遅れてしまった。
えっ、バレてる?
今日のこと、バレてる?
本当にバレてる?
彼の心理を読もうと必死で顔の様子を探っていたが、曲が終わってしまった。
それ以上、彼は何も言わなかった。
動揺を隠す為に、後は必死に取り繕っていたら、パーティーはお開きとなり、その日は、自室へと戻った。
まだ、気を緩めてはいけない。
まだ、明日も演技をしなければならないのだから...。