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第16話『模擬戦前夜』

 修業を始めてから十二日目。模擬戦を明日に控えたユウキの部屋に、万年筆で走り書きされたわら半紙が散乱している。狼牙隊の事に住んでいた太正国軍の寮の自室も、作戦前夜は毎回この状態になっていた。

 その内容は、翌日の作戦内容や相当される敵の情報。さらには部下の能力をまとめたメモ書きで、今回も狼牙隊の時と同様に生徒たちの能力をまとめていた。

 

 渋川サクラ。

 蒼脈量は、約一万三〇〇〇。蒼脈師の平均値が一万とされることから平均以上の蒼脈量を持つ。

 座学まで含めた総合的な成績は一年生の中でも最上位。

 仙法・気法・魔法をそつなくこなすが、特に魔法の練度は同年代の中ではかなり高い。

 蒼牙閃は、太正国軍の軍人に匹敵する精度である。


 桜葉ツバキ

 蒼脈量は、約四六〇〇。蒼脈師の平均値の二分の一以下。

 座学は優秀だが、実技の成績は壊滅的。

 仙法・気法共に苦手。もっとも適性があるのは魔法だが、蒼脈量が少ないため、蒼脈量の多さが継戦能力に直結してしまう魔法とはかみ合っていない。

 誘導魔法の才覚はあるが、未知数。


 瞿麦くばくソウスケ。

 蒼脈量は、約六万九〇〇〇。狼牙隊の隊員ですら、並ぶ者は僅かの脅威的な数値。

 渋川サクラと並び、一年生では最上位の好成績者。

 魔法は不得手らしく平均点に甘んじているが、それを補って余りあるずば抜けた仙法と気法の冴えを見せており、仙法や気法の強化訓練課題も最も早く突破した。


 夕顔キュウゴロウ

 蒼脈量は、約二万二〇〇〇。蒼脈師平均値のおよそ二倍。

 仙法と気法は平均点だが、魔法の練度はサクラに次ぐ。干渉制御系の魔法を得意としており、全属性に適性がある逸材。


 三笠サザンカ

 蒼脈量は、約六一〇〇。

 成績も実技座学共に平均点。特筆して目立つ点はない。


 同じ学年と比較すれば一年一組の戦闘能力は群を抜いている。真正面からやり合えば最強と言ってよいだろう。だが実戦とは戦闘能力の多寡のみで勝敗が決するほど甘い世界ではない。

 戦闘能力を生かすための戦術と隊員同士の連携があって初めて強大な戦闘能力が意味を持つ。

 ユウキが下す指示次第で、生徒たちを生かしも殺しもする。

 模擬戦をどうすれば勝利に導けるのか。どんな指示を出せばいいのか。明日までに練り上げなければならない。


「絶対負けちゃだめだ。勝たせてあげなきゃ。絶対に勝たせないと。また指示を失敗したら? 変な命令をしたら? どうしよう……」


 憂鬱に心を任せてはだめだ。無理やりにでも明るく務め、生徒たちを勝利に導く。それ以外を考えるな。不安に付け入る隙を与えさせるな。

 生徒のために、勝利のために。そうする事が花一華ユウキの夢なのだから。




 ――――――




 月明かりが煌々(こうこう)と輝く深更の頃。桜葉ツバキは電灯の薄明かりに照らされた訓練場で一人、蒼脈刀を構えていた。刀を持った右手を大きく引き絞り、左手と刀の切っ先はツバキの足で十歩分間合いの離れた人型の的に向けられている。


「蒼牙突!」


 勢いよく蒼脈刀を突き出すと、切っ先から青い線状の閃光が飛び出し、直進する。的に着弾する瞬間、九十度右へ折れ曲がった。さらに蒼牙突の光は幾重にも折り曲がり続け、青い髪目状の軌跡を作り出した後、的の中心に直撃する。

 蒼牙突は、狙撃用の魔法で斬撃上に魔力を放つ蒼牙閃よりも貫通力に優れており、急所を打ち抜くために使われるその性質故、誘導魔法との相性がよかった。


「ツバキ、まだやってたの?」


 寝間着姿のサクラが声をかけると、ツバキははにかみながら頷いた。まさに白魚のように美しかった手は、潰れた剣ダコや血豆だらけになっている。誰よりも努力している証。痛々しくも誇らしい蒼脈師の勲章である。


「うん。誘導魔法には蒼牙閃より蒼牙突の方が有効だから。あの……少しずつだけど当たるようになった。誘導魔法」


 サクラは、ツバキが誇らしい顔をしているのを数年ぶりに見た。


「……すごいじゃん」

「私が上だ」


 いつも俯いていた少女が胸を張り、堂々たる宣言をして見せた。


「サクラよりも得意なことあった」

「うん。負けちゃった」


 微笑みつつも悔しさが生じてくる。サクラだって強くなりたい。誰よりも強くなりたいと願ったからこそ、蒼脈時学院にいる。


「ツバキ。今度あたしにも教えてね。負けっぱなしは性に合わないからさ」

「うん」

「じゃあ明日。模擬戦勝つぞ。そろそろ寝なよ」

「うん。おやすみ」


 これ以上邪魔しては悪いと思い、サクラは訓練場を後にする。

 あんなにツバキが努力したのだ。きっと明日の模擬戦は勝てる。そんな予感がサクラの足取りを軽くした。




 ――――――




 模擬戦当日の早朝、開始時刻の一時間前に三笠サザンカは鬼灯学院長に呼び出され、学院長室を訪れていた。


「サザンカ。今日の模擬戦における君の立ち回りについての話なのだが――」

「分かってるです。いつも通りにいくです」


 サザンカは、仏頂面で吐き捨てるような物言いだった。


「そうか……花一華ユウキとは旧知の仲なのだ?」


 ユウキの名前が出た瞬間、サザンカの表情が赤黒い嫌悪に染まった。


「それがなんです?」

「いや、その割には話しているのを見たことがないのだ」

「余計なお節介です!」

「しかし君なら彼の心を癒せるかもしれない。そう思ったからこそ私は彼を君の居る一年一区の担任にしたのだ」

「いい加減にしてください!」


 サザンカは、左腕を右手で強く握りしめる。ぎちぎちと金属のきしむような音が学院長室に木霊こだました。


「うちの役目は果たしてるです。これ以上は割に合わないです! うちがここに居るのは復讐を果たすためでもあることを忘れないでほしいです! アザミの一族が動き出した今、ようやくその機会が巡ってきたんです。他のことなんか考える余裕はないです!!」

「君はもう子供じゃない。復讐に囚われてはいけないのだ」

「では、両親の無念は誰が晴らすです?」


 サザンカは、湧き上がる憤怒を収め込むように一層強く右手に力を入れて左腕を握った。


「とにかくやるべきことはやっているです……」

「しかしツバキの護衛隊は壊滅しているのだ。今や君と花一華ユウキしかおらんのだ。きっちりと連携を――」

「あの人は大切なモノを何一つ守れなかった人です……いえ、もしかしたらうちは彼の大切になんか入っていなかったのかもしれないです」

「サザンカ、いい加減にしなさい」


 やんわりとなだめる鬼灯の声は、サザンカに響いていなかった。仮に怒鳴ろうが、手を上げようが状況は変わらないだろう。


「あなたはうちの直接の上司じゃないです。説教はごめんです」

「サザンカ」

「失礼するです」


 鬼灯は、サザンカの憎悪に燃える背中を見送るしかなかった。

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