第14話『人を見る目』
休憩時間終了後、ユウキは次なる修行を生徒たちに課した。
「じゃあ体内に仙力をとどめた状態で、軽く動いてみようか」
「楽勝や!!」
ソウスケが右拳を繰り出した瞬間、全身から白い炎のような力場があふれ出した。
「なんや!?」
続いてサクラが体内に戦力をとどめた状態で右足を一歩踏み出した。するとソウスケ同様、全身から仙力が漏れ出してしまう。
「やばいってこれ! 動こうとすると溢れちゃう!?」
「こなくそ!!」
ソウスケのこめかみに青筋が浮かび上がり、溢れていた戦力は再び体内に収まった。全身の毛穴という毛穴に戦をするイメージで再び拳を繰り出した。
筋肉が、骨格が悲鳴を上げ、全身を激痛が駆け巡る。しかし仙力は身体から漏れ出てはいない。
「動くと……き、きついで。油断すると体の外に出てきてまいそうや……」
サクラも仙力を体内に押しとどめたまま一歩を踏み出した、身体中から脂汗が滲み出ていた。
「やば……これ維持し続けるの結構きついかも」
一挙手一投足のたび、肉体が悲鳴を上げる。この状態で動き続けるのは至難の業だ。しかしそれを涼しい顔で出来なければ一流の蒼脈師ではいられない。
「み、みんなあんまり無茶しないでね!! 結構身体に負担来るからさ!!」
生徒たちの耳にユウキの忠告が入ってない。聞いている余裕がないのもあるが、この修行を完成出来たら強くなれる。その確信が肉体の負担を超越していた。
サクラは二歩、三歩と仙力を維持したままあいつていく。普段よりも緩慢な動作だが、これでも精一杯速く歩いているつもりだ。
キュウゴとツバキは、まだ一歩も歩けていない。サザンカは涼しい顔で拳を振り回しているが、仙力は一切身体から漏れ出ていない。さぼっている。ソウスケはそう判断した。
「サザンカ! 真面目にやれや!」
「やってるですよ」
「嘘つけ! こんな状態でそない軽く動けるわけないやろ」
「ふふふ。君たちとは修行の仕方が違うです」
「万年平均点がよく言うわ!!」
「ほらほら。うちに気を取られてるから仙力が漏れてるですよ」
「な!? クッソ!! うおおおおおおお!!」
獣のような咆哮を上げてソウスケは、拳を繰り出した。体表に仙力は漏れ出していない。体内に押し留めることに成功している。
「よっしゃあ!!」
「負けるかっての!!」
サクラは仙法ではどうしてもソウスケに後れを取ってしまう。しかし遅れままではいられない。右の拳を固めて突き出した。その瞬間サクラはの全身から仙力が迸り、全身を燃えるような痛みが走った。
思わずしりもちをついてしまい、血相を変えたユウキがウサギのような足捌きで走り寄った。
「大丈夫かい!?」
「平気だってば」
「大丈夫!? 本当に!? 仙法の修行って下手すると脳の血管とかぶち切れるんだけど!! 頭とか痛くない!? 吐き気しない!? ていうか生きてる!?」
「どう見ても生きてるじゃん! 受け答えしてる時点で生きてるじゃん!」
「でもさ!! 自分では生きてると思い込んでるけど、実際は死んでる可能性も否定できないでしょうが!!」
「否定出来るわ!! 速攻だわ!!」
「さすがにないやろ、それは」
「先生殿、心配しすぎであります」
「ですです」
「サクラ、顔色も平気だし……たぶん大丈夫ですよ」
「多分じゃ困っちゃうんだよ!! 俺は教師という立場である訳だから!! 生徒の身の安全は守らないと責任問題になっちゃうでしょ!! ただでさえ君たちは――!!」
ユウキは咄嗟に両手で口を押えてそっぽを向いた。
眉間にしわを寄せたサクラが、ユウキに詰め寄る。
「あたしたちが……なに?」
「別に……」
「はっきり言ってよ」
「ご、午前中の授業はこれでおしまい!! みんなお昼休みね!!」
「ちょっ先生!?」
サクラが引き止める間もなく、ユウキは訓練場を後にした。
――――――
昼休みの食堂杯も変わらず盛況だった。ユウキは、隅っこの席でさんまの開き定食をすさまじい勢いで食べていたが、
「先生。さっきの話だけど」
「ワシらがなんや?」
サクラとソウスケに見つかり、ユウキの頬を冷たい汗が一筋伝い落ちる。
「別に!」
「別にいう反応やないで。何を隠しとるんや」
「特に!」
「嘘つくなっての。ていうかさ、なんで狼牙隊の人が教師になろうと思ったわけ? すごい気になんだけど」
「色々あってさ!」
何を質問してもタコのようにくねくねと受け流されてしまう。ソウスケは苛立ちまぎれに声を荒げた。
「せやから、その色々を聞かせろっちゅーこっちゃ!!」
いつもなら情けない声を上げる場面。しかしユウキは、微塵も怯まずに鳶色の瞳に凛とした輝きを宿している。
「話せないんだよ」
「……どういうことや?」
「言ったまんまの意味だよ。だけどここに来た以上、俺には君たちを強く育てる義務がある」
「なんや歯切れ悪いな。ワシは信用出来へん人間に教わりたないで。せやろサクラ?」
サクラはじっとユウキの瞳を見つめた。ユウキもサクラから視線を外そうとはしなかった。しばらくお互いに見つめ合ってからサクラの表情がほんのりと和らいだ。
「信じる」
「なんやて?」
「先生を信じる。ソウスケお昼食べよ」
踵を返してユウキから離れるサクラを、ソウスケは戸惑いがちに追いかけた。
「何で信じるんや? あんなわけの分からん奴」
「あの人さ。ツバキに優しくしてくれた」
「なんやそれ」
ソウスケからすれば納得いかないだろう。だがサクラにとっては、それだけで信じるに足る十分すぎる理由だった。
「今までの先生はツバキに才能ないからやめた方がいいとか言ったり、やるだけ無駄みたいな侮蔑の目で見てたじゃん」
「まぁ……せやな」
「でもユウキ先生は、そういう目をしてなかった。ツバキがどうすれば上手く出来るか考えたし、今もあの時と同じ目をしてた」
「そうか?」
「あたしには分かんの。だから信じてみる。すげー厄介な人だけどさ。一応あたしらの先生なわけじゃん」
「ワシらにも教師選ぶ権利はあるで?」
「あんたにとっても都合がいいでしょ? 狼牙隊の人が直々に指導してくれる機会ってないじゃん? あんた狼牙隊の総隊長になるのが夢なんでしょ」
「せやな。せやけど……」
「何が引っ掛かるわけ?」
「ワシらがどうこう言うとったろ? あれがいまいち気に入らんのや」
「……まぁそれはそれでいんじゃん?」
「いい加減なやつやで」
「あんたの直感としてはどうなわけ?」
「直感?」
「あの人ヤバい人? いい人?」
「あの物言いは引っかかっとる。せやけど直感ではええ人や思うで」
「じゃあ信じる」
「なんやそれ!?」
「あんたの直感は、あてになんのよ」
「普段はワシを小ばかにしとるくせに」
「あら、傷付いちゃった? ゴキブリみたいに打たれ強いと思ってた! ごめーん」
「謝る気ないやろ! ちゅーかそもそも別に傷付いてへんけどな!」
ソウスケの人を見る目は本物だ。蒼脈師としての才能以上にサクラがソウスケについて評価しているのが、気持ちの良い人柄と確かな審美眼だ。
「あんたはさ、ツバキのこと評価してるじゃん?」
「それがなんや?」
「人を見る目はあるってこと」
「なんやそれ」
「だからあんたがいい人って思うならいい人なんじゃん。ユウキ先生」
「わけ分からん」
「馬鹿だからね、あんた」
「人をけなしとるのか褒めとるのか、はっきりせい!」
褒めているが、素直に認めるのも少し気恥ずかしい。
「けなしてる」
「いっぺん喧嘩するかコラ!!」
「おう望むところじゃん! やってやるよ! 早食い対決だ!」
「ワシに勝てると思うとるんか!!」
「トマトサラダの!!」
「ワシの負けや。勘弁してくれ」
「早いな」
「アカン。トマトだけはアカン」
ソウスケ唯一の弱点がトマトだ。この弱点を利用してサクラが早食い勝負に勝ったことは一度や二度じゃない。
「好き嫌いとか、かっこわるー。気合と根性で何とかしろっての」
「木之百合先生みたいなことぬかすな。気分の悪いやっちゃ」
ソウスケは木之百合イスケを一方的に嫌っている。そしてその理由をサクラは知っていた。
「あんたって木之百合先生こと好きじゃないよね。同族嫌悪? あ、キキョウ先生と仲いいから妬いてんだ」
「ちゃう言うとるやろ! あの人の言う気合と根性は嘘くさいんや」
「とか何とか理由付けて、嫉妬ですか!?」
「だから!! ちゃう言うとるやろ!! どつくでマジで!!」
「やってみなー」
「この野郎!!」
イノシシみたいに鼻息を荒くしたソウスケのじゃれつきを躱しながら、サクラはけらけらと笑った。