第2話
首筋に金属の冷たい感触があてられている。
あと少し首を動かせば、皮膚が切れてしまうだろう絶妙の位置。
そこで、命を握られているのを感じる。
ナルカが腕の中で恐怖で息をのむのを感じた。
「長の子か?」
端的に述べられた質問に、どう返すか迷い押し黙る。
ここで長の子だと答えても、違うと答えても、ナルカに危険が及ぶ未来しか見えなかった。
しばらくの間、沈黙が下りる。
前触れなく、首筋に充てられていた刀がすっと外された。
シュラインもナルカも、わけがわからなくて動くこともできない。
赤髪の女はしばらく考えたのち、口を開いた。
「その子どもを、助けたいか?」
何を問われたかわからなかった。
多種族は、今では問答無用でエルフ狩りを行っている。
それなのに、目の前の女は助けたいかと聞いてきた。
助けたいか、助けたくないかと聞かれれば助けたいに決まっている。
だが、その裏に潜む意図が読めずに返事が出来ずにいた。
そうこうしている間に、赤髪の女がまた口を開いた。
「助けたいか?」
簡潔な質問。
だが、問われている意味は重たい。
「助けたいに・・・決まっている」
シュラインは自分でも声が震えるのを感じた。
例え自分はここで死ぬことになろうとも、ナルカだけは生かさなければならない。
絞り出すようにして紡がれた言葉を聞き、女が目を細める。
「ならば、おまえが私と血の契約を結べ」
そういって、剣の先をシュラインの心臓へ向けた。
血の契約とは、古く昔からある主従関係を結ぶ契約だ。
主従といえば聞こえがいいが、その実質は隷属に近く、主と決めた者に従わせる契約になる。
古くは一国の主が、それに仕える者達と結んだ契約だが、今では禁忌とされる術の一つだった。
「俺が血の契約を結べば、本当にナルカ様を助けてくれるのか」
問いかけには、無言のうなずきだけが返ってきた。
考える時間、部屋には沈黙が下りる。
「わかった。血の契約を受け入れる」
腰の刀を抜き、自分の腕を浅く切り裂く。
そこから流れ出た血が、床に落ちていった。
それを見て、赤髪の女が術を唱えた。
「我が名はエフェメリア。シャザーヌの長の娘にして大地の精霊と契りを交わすもの。ここに新たな契約を結び、その契約はお互いの血が再び交わされるまで続くものとする」
「我が名はシュライン。血の契約を結び、彼の者に絶対を誓うもの。この契約はお互いの血が再び交わされるまで続くものとする」
エフェメリアと名乗った女も自分の腕を剣で切り裂き、床に血を流す。
その血が勝手に動き、床に古代文字の刻まれた文様を浮かび上がらせた。
「この場この時、この血に誓いを立てる。契約は成された」
血で綴られた文様が光ったかと思うと、お互いの腕に古代語で書かれた契約印が腕輪のように浮かび上がった。
これでシュラインとエフェメリアは、血の契約を持って主従の関係を結ぶこととなった。