ユアンはぱんけーきを焼いた
一年以上更新止まってて、ふと読み返したら抜かしてる部分があったことに今更気づきました()
今日はリョウの審査の日だ。
ユアンは落ち着かない心持ちで朝食の準備をしていた。
今朝は小麦粉と卵と牛乳と砂糖を混ぜたとろとろの生地を、乳酪を薄く引いた熱したフライパンでじゅわっと焼いたもの。
小麦粉を多目に入れればどっしりとして腹持ちが良くなるし、卵を多目に入れれば混ぜるのは大変だが空気を含んでふわふわと柔らかくなるし、乳を多目に入れれば薄く焼いてもしっとりとして肉や果物と合わせても食べやすい。
魚の形や格子模様の入った四角などの鋳型で挟んで両面を焼くものもあるらしく、本来ならば厚みや焼き方によってそれぞれ名前は変わるのだが、作り方を教えてくれたのが面倒くさがりな母なので、ユアンはそれら全てを引っくるめて“ぱんけーき”と呼んでいる。
どうやらクレープだとかたい焼きだとか、ワッフルだとかの名前は、ズボラな母からは教えてもらえなかったようだ。
匂いに引き付けられて来たのか、リョウがひょこりと厨に顔を出した。
手には書類の束が置かれていて、これから父の書斎に届けるのだろう。
「お、今朝は“ぱんけーき”か。厚めに焼くのか?」
「うん、お腹が膨れるようにね。もしあんたが審査の途中でお腹空かせたらいけないでしょ?」
「あんまり腹いっぱい食べて、眠くなるのも問題あるだろ」
「そこは考えてなかったわ」
この三日間で、大分リョウとは打ち解けられた気がしている。
栄養失調気味の痩せた体つきはまだほとんど変わらないが徐々に血色が良くなってきて、軽口も言い合えるし、食の好みも把握出来てきたし、短くなった前髪を気にしている様子も少なくなった。
たまに、ふと目に入った鏡で自分の赤い目をじっと見ていることがあるけれど、その時間は日に日に少なくなっていき、苦笑というか、諦めというか、そんな表情で締めくくることが多くなったように思う。
ユアンからしてみれば、またまだ“卑屈すぎる”から“そこそこ卑屈”になった程度なのだが、このままいけばリョウもいつかちゃんと自尊心を持てるようになるかもしれない。
突如始まった“役人”と“血の繋がらない養女”と“他所から来た孤児”という歪な三人暮らしではあったが、それなりに居心地は良かったし、なんとなくそれがこのまま続くような感覚がユアンにはあったのだ。
「もう少しで全部焼き上がるから、父さんを呼んできてくれる?」
「わかった」
返事をするや否や、結構な早さで進んで行くのだが、歩くとき、リョウはほとんど足音を立てない。
森で狩りをする際に、自然と身に付いたらしい。
父といい、リョウといい、足音を立てずに背後に回られることが多くて、ユアンの心臓は日に何度も竦み上がる。
寿命が縮んだらどうしてくれる、とそのうち言いたいところだ。
「たーのもぉおおおおおう!!」
居間に父とリョウが集まり、ユアンが朝食の配膳を終えたところで、外から女性の声が聞こえた。
リョウと顔を見合わせて、誰だろうと首を傾げていると、無言で訪問客の応対を買って出た父がすぐに戻って来た。
──見知らぬ美女を連れて。
「あー……この方はシャオエイ殿といって、私の同僚だ」
なんとも居心地悪そうな父に紹介された美女が、一歩前に進み出た。
透き通るような白い肌、汚れなど一切寄せ付けないような白の服には袖や裾に金と緑の糸で蔦のような刺繍がされている。
硬質で艶のある白に近い銀の髪をすっきりと結い上げ、キリッとした切れ長の青の目、その涼しげな目元を飾る細めのフレームの眼鏡が真面目そうな印象を強めていた。
「お初にお目にかかります、わたくしシャオエイと申します。この度、リョウ様の住人登録に際する審査を担当させていただきます」
はきはき、しゃきしゃき、そんな擬音が使われそうな言葉に、ああこの人は役人なんだなぁ、という納得が湧き上がる。
「……ああ、よろしく」
対するリョウは少し緊張している様子があるものの、必要以上に臆したり動揺しているわけではなさそうだ。
「それでは、今日の予定について話をしたいのですけれど……」
「生憎、私たちは朝食が済んでいない。そもそも約束は半刻後だったはずだ。シャオエイ殿、手数をお掛けするがまた時間を改めて──」
ほかほかとまだ湯気を立てているぱんけーきを、父の視線が捉えた。
今日はリョウの審査の日だからと、クリームも苺のジャムも昨晩残った肉野菜炒めもトッピングできるように準備してある。
冷める前に早く食べたい、と父の目が言っている。
「……あら、そうでしたか。気が急いて早く着きすぎたようですね。大変失礼いたしまし」
た、と言い終わるより先に、美女の腹から凄まじい音が鳴り響いた。
無理やり言葉に表すなら、ごぎゅるるるるぐごごご、みたいな。
「………………それでは、朝食が終わった頃にまたお伺いしますわ」
「あのっ」
何事もなかったかのように出ていこうとするシャオエイに、ユアンは思わず声をかけてしまった。
ぴたりと足を止めてくれたが、シャオエイは前を向いたままこちらを見ない。
迷惑だったかな、あのまま見送った方がよかったかな、とも思いつつ、恐る恐るユアンは言葉を続けた。
「……えーと、シャオエイさんも良かったら一緒に食べますか?」
「………………ええと、その、はい、もし宜しければ……」
しどろもどろになったシャオエイの顔色は変わっていなかったが、耳はとても真っ赤だった。