二幕目 2
目に包帯を巻いた男性———アルフ様は、このあたりの領主であるローウェル公爵の長男だそうだ。
そしてお姫様はその婚約者で侯爵令嬢のモナ様。
呪いをかけた者は、おそらくアルフ様の義母だという。
アルフ様には腹違いの弟がいて、そちらを跡継ぎにしたいと常々願っていたのだと。
視力を奪われ、魔法を封印され。
足も弱くなって———歩くのがやっとなくらいだ。
封印を解くには、婚約者が聖なる神殿まで連れて行き、そこにある聖なる泉に身体を浸さないとならないらしい。
———それって〝しんとく丸〟みたいじゃん!
モナ様の話を聞きながら、私は内心興奮してしまった。
前世の私は芝居全般が好きだったが、特に歌舞伎や文楽のような、伝統芸能と呼ばれるものが好きだった。
それらで演じられる物語のなかに、この手の話がよく出てくるのだ。
説法節という、仏様の御利益を讃える話が元になっていて、それをよりドラマチックにしたり、定番のお家騒動と絡めたりして様々な話が作られてきた。
〝しんとく丸〟———俊徳丸ともいう話もその中の一つで、義母の呪いで失明し病気になった俊徳丸を、恋人の姫君が観音様の元へ連れて行き病気を治すのだ。
まさに!今目の前の二人と同じ!
…本当に、テンションが上がってしまうのは不謹慎だと分かっているのだけれど。
だけどずっと観たくてたまらなかった、渇望していた芝居の世界が目の前に広がっていたら仕方ないと思うの。
しかもその世界に自分も関われるんだよ!
ありがとうカミサマ。
話が違うとかバカなんて文句を言って申し訳ありませんでした。
翌朝。
今日は旅立ちの準備をする為、一日忙しい。
まず私はネーロのいる厩へ向かった。
「ネーロ、明日から旅に出るんだよ」
ネーロをブラッシングしながら私は語りかけた。
「呪いを解きに、聖なる神殿へ行くの」
ピクリとネーロの耳が動いた。
「領主様の御子息と、その婚約者のお嬢様を連れて行くの。長旅になるけど頑張ろうね」
ネーロがじっと私を見つめる。
何かを訴えるような黒い瞳。
「…なあに?心配?」
私はネーロの頭を撫でた。
「知ってるでしょう。私、憧れていたんだよ、特別な事が起きる事を」
前世の事も、願望も。
全てネーロには話してきた。
いつも全てを受け止めるように、ちゃんと聞いてくれるから。
「もしも何かあっても…それは仕方ないと思うよ、人の運命なんてどうなるか分からないんだし。だけど、せっかくのチャンスが目の前にあるならそれを逃すのは勿体無いと思うの」
私を見つめていたネーロは、仕方ないなあというように、瞬きをすると頷いた。
「ありがとう。さて、次は馬車を綺麗にして、なるべく快適に過ごせるようにしないとね」
貴族の二人をこの幌馬車に乗せるのは気が引けるし、貰った代金でいいものを買えそうだけど…この町にはそんなにいいものはない。
もしも途中で手に入るようなら買ってもいいかもしれない。
とりあえず毛布やクッションなどを積み込んで、なるべくお尻が痛くないようにしよう。
肉屋のご主人にしばらく不在になる事を説明して留守を頼み、家の片付けやら準備やらであっという間に一日を使ってしまった。
そして旅立ちの朝。
二人が泊まっている宿まで迎えに行くと、玄関の所で二人は待っていた。
「このような馬車で申し訳ありませんが…」
「いいえ、歩かないで済むだけで充分なの。大丈夫よ」
モナ様がアルフ様の手を引いて馬車の後ろに回ろうとすると、ネーロの傍でアルフ様がピタリと止まった。
「アルフ様…?」
訝しげにモナ様が首を傾げるが、アルフ様は見えない目でじっとネーロを見つめているように見える。
「……立派な馬だね」
優しい、初めて聞くアルフ様の声だった。
「っはい!ネーロといいます。とっても頭がいい子なんです」
見えないはずなのに。うちの子の良さが分かるなんて!
思わず嬉しくて声を上げてしまう。
「そう。よろしくねネーロ」
アルフ様に応えるように、ブルッとネーロは頭を震わせた。