二幕目 1
「ミアちゃん、いいかな」
そう言って顔を覗かせたのは肉屋のご主人。
親父さんとは幼馴染で、あれこれ私の面倒を見てくれている。
「お仕事があるみたいなんだけど…」
なぜか困ったような顔でそう言う。
「みたい?」
「詳しい事は教えてくれなくてね…依頼人は、こちらの二人だ」
ドアから顔を出して、ご主人の後ろを見て———私は目を見開いた。
そこにいたのはお姫様だった。
シンプルだけど一目で仕立ての良いと分かる、上等なワンピースを着ている。
サラサラとした金色の髪に大きな緑色の瞳、真っ白できめ細やかな肌。
お人形さんだ。
前世で見たことがあるよこういうリアルで超可愛いお人形!
多分私と同じくらいの年齢だろう、キラキラしていて眩しい。
オーラが違う。
絶対お姫様か貴族のお嬢様だよね!
そしてもう一人は———不思議な雰囲気の、黒髪の男の人だった。
同じように貴族なのだろう、上等な服を着ているけれど、その目には包帯が巻かれ、手には杖を持っている。
お姫様より少し年上?綺麗な顔立ちなのだけれど…キラキラ感はなくて、代わりに何だか黒い影が掛かっているようだった。
「仕事の依頼…ですか」
肉屋のご主人と、二人を交互に見比べる。
「はい。どうか助けて頂きたいのです」
鈴を転がすような声って、こういう声を言うんだろうな。
とても可憐な声を震わせてお姫様は言った。
「私達を聖なる神殿に運んで頂きたいのです」
家の中に入れて、お貴族様の口に合わないなと思いつつお茶を出して座ってもらった。
「聖なる神殿…というと。神聖帝国にある…?」
「ええ」
それはまた、随分と遠い。
この国の二つ隣にある神聖帝国は、王様ではなく神殿の長である教皇が治める国だというのは田舎者の私でも知っている。
聖なる神殿というのはその神聖帝国の、聖なる山の麓にあるんだっけ。
多分…ここからだと一ヶ月近くかかってしまうかもしれない。
「お金ならここにあります。お願いします…!」
お姫様は重そうな布袋をテーブルの上に置いた。
え…こんなに?!
袋の中を覗いて思わず息を呑んだ。
これはもしかして何かの詐欺?
「あ、あの…失礼ですが、これだけのお金があるのなら私のような者に頼まなくても…」
もっと腕のいい馬方なんてこの町にも、他の町にもいるし。
そもそも貴族なんだから、従者とかいっぱいいるよね?!
「……ここまで色々な方に頼んだのですが、皆断られてしまうのです」
ぽとり、と涙が一粒こぼれた。
「呪われるのが恐ろしいと」
「呪われる…?」
「はい、私たちは呪いを解くために聖なる神殿に行きたいのです」
私は包帯の男性を見た。
…きっと呪いとは、この人に掛けられているのだろう。
そう思うと妙に影がかかったように暗く見えるのも理解できる。
「———それは、どのような呪いなのでしょうか」
「それを明かせるのは、私たちに協力していただける方だけです。そして聞いてしまったからには必ず協力していただかないと同じように呪われてしまうと。…ここまでお話しすると皆様怖がって逃げてしまうのです」
……それは、そうだろうな。
魔法があるせいか、この世界では「呪い」というものの技法が発達している。
呪いを掛けるのも解くのも色々な決まりがあって、大変なものらしい。
その為、呪いを掛けられるのは貴族や金持ちの商人などごく一部の者達くらいで、平民にとって呪いとは恐怖の対象でしかないのだ。
「何とかここまで来たのですが…これ以上、歩いていくのは辛くて」
お姫様の綺麗な瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れていく。
可哀想に…
きっと普段は大勢の召使がいて不自由なく暮らせるような人達のはずなのに。
よく見ると上等な服がうす汚れている。
私は自他共に認めるお人好しだ。
それは前世からの性質で———そのせいで死んでしまったようなものだけれど。
目の前でこんな可愛い子が泣いて助けを求めているのを、見過ごす事なんて出来るはずもない。
それに———もしかしたら。
転生するときにお願いしたドラマチックな経験って、この事なのじゃないだろうか。
そもそも呪いなんて、歌舞伎とかでよく出てくるやつだよね!
とても不謹慎だと思いつつ、正直ワクワクしてしまう気持ちもあって。
すう、と私は息を吸った。
「分かりました。聖なる神殿までお連れします」
私の言葉に、お姫様の涙で曇った顔がぱっと明るくなった。