四幕目 3
森の中の道をネーロはひたすら駆け抜けた。
後ろから剣が交わるような音や声が聞こえる。
カーティスさんが呪文みたいなのを唱える声も聞こえる。
手綱はアルフ様が握ったままで…私はその腕の中で縮こまったまま、早く神殿に着いて欲しいと、ただそれだけを願うだけで何も出来なかった。
「アルフ様!」
ジュードさんの声が聞こえた。
「追っ手は」
「まだ残りが」
「森を抜けます!」
カーティスさんの声にはっとして前を見る。
「あの上に———」
森が開けた前方に、長い長い石造りの階段があった。
見上げた先に太くて立派な柱が立ち並んでいるのが見える。
「また来たな」
ジュードさんの声に身体が強張る。
背後から何頭もの蹄の音が聞こえてきた。
「アルフ様、早く神殿の中へ!」
「ああ。ネーロ急げ」
ネーロは石段を駆け上がった。
キンッ!とすぐ後ろで音が響いた。
次いで聞こえた呻くようなこの声は…
「ジュードさん?!」
「早くっ神殿へ!」
苦しそうなジュードさんの声がすぐ遠ざかって行く。
「ジュードさんが…」
「あいつなら大丈夫だ!」
並走するカーティスさんがそう叫ぶと続けて何か叫ぶ。
ヒュッと光のようなものが後ろへと飛んで行った。
「あの門をくぐれば連中も手出しは出来ない」
視線を前に戻すと、すぐ前に大きな門が見えた。
「っ門が閉じてる!」
誰か呼ばないとダメなの?!
でもそんな事してたら———
その瞬間。
急に身体が重くなったような———引っ張られるような感覚を覚えた。
「わあ?!」
視界が———見上げていたはずの門が眼下に見えて。
それから急降下する感覚と、地面に着いた衝撃。
「飛んだ?!」
門の向こうからカーティスさんの声が聞こえる。
飛んだって…まさかネーロが門を飛び越えたの?
「ネーロ…凄い」
うちの子凄すぎ?!
「良かった…取り合えずこれで…っ」
ホッとしたのもつかの間。
ネーロは再び走り出した。
「ネーロ?!もう急がなくても大丈夫だよ!」
ネーロは構わず神殿の敷地内を走っていく。
「何だ?」
「馬が!」
神殿にいる人達からどよめきが聞こえる。
「ネーロ!止まって!」
私の声が聞こえないの?!
広場を走り抜け、神殿の中を突っ切っていく。
「おい!止まれ!」
「ネーロ何処へ行く!」
神殿の人達の声と、アルフ様の声。
ネーロは大きな神殿を走り抜け、その裏にある階段を更に上っていく。
その先にあったのは———透明な水を湛えた…もしかしてこれが聖なる泉?
ってまさか…
「ネーロ!」
止まる事なくネーロは泉へと飛び込んだ。
激しい水音と衝撃。
そして身体を包み込む———強い、光。
「…ぷはっ」
訳が分からないまま、何とか水の中から頭を出した。
何でネーロごと突っ込むの?!
ってそれよりもアルフ様は?!
見渡そうとして…自分の周りに銀色のものが広がっているのに気づく。
「何これ…髪の毛?」
水面に広がるそれは髪の毛のようだった。
でも誰の…ってこれ———
「わ、たし…の?」
ドクン、と心臓が大きく動く。
そうだ。
これは私の髪だ。
私の本当の髪と瞳の色は———
「あ…」
後ろから声が聞こえて振り返った。
そこにいたのは金色の髪に、真っ青な瞳の青年だった。
手には白い細い布を持ち、呆然としたように私を見つめている。
「…アルフ様?」
戻った?
良かった呪いが解けて———
「…マリア…」
アルフ様の唇が震えた。
「まさか……マリアなのか…?」
ドクン、ともう一度心臓が動く。
そうだ、私は———私の本当の名前は。
『やれやれ、やっと元に戻れたな』
頭の上から声が聞こえて振り仰ぐ。
「ネーロ」
そこにいたのは銀色の———普通の馬よりもふた回りは大きな、額に角を生やした馬だった。
『思い出したか、我が愛し子よ』
「…ええ———」
「マリア!」
背後から…思い切りアルフ様が抱きついてきた。
「アルフ様っ」
「マリア———マリアなんだろう?!」
「…はい。やっと会えました」
喜びと不安が入り混じった、十二年振りに見る青い瞳を見つめて私は微笑んだ。