幕間
公爵家の兄弟と初めて会ったのは、四歳の時だった。
二つ歳上のアルフ様と、同じ歳のネイト様。
彼らの遊び相手として、そして将来は弟のネイト様の婚約者となるのだとお父様から聞かされていた。
何度かお会いする内に…私は兄のアルフ様に惹かれるようになっていった。
けれどアルフ様にはマリア様という婚約者が既にいたのだ。
マリア様は私のお母様の母国であるリーベルト王国のお姫様なのだという。
マリア様の話をするアルフ様はとても幸せそうで…私の初恋はあっけなく終わってしまったのを痛感した。
そのマリア様が行方不明になってしまった。
ある夜突然部屋から消えてしまい、いくら探しても見つからないのだという。
アルフ様の嘆きはとても深く…見ている方が苦しくなるくらいだった。
一年ほど経った頃。
お父様から、私とアルフ様が婚約する事になったと言われた。
マリア様との婚約は解消されたのだという。
それは私にとって———正直、嬉しい事だった。
マリア様の代わりとなれるよう、アルフ様の悲しみが癒されるよう…私は心を尽くしてきたつもりだった。
けれども…何年経ってもアルフ様の心が私に向く事はなかった。
どうして———私では代わりになれないのだろう。
このまま結婚しても辛いだけではないのかという悲しみと、それでもアルフ様への想いが消える事なく心が潰れそうになっていたある時。
アルフ様が呪いを掛けられるという事件が起きた。
呪いを解くには婚約者である私が聖なる神殿に連れて行く必要があるのだと言われ、その出発の直前。
私はお父様に呼ばれた。
「公爵領を出たらアルフを捨てて戻ってこい」
そうお父様は私に命じた。
「な…何故です?!」
「お前に見向きもしない上に呪われた男など必要ない」
お父様は言い放った。
「お前は弟のネイトと結婚させる。そしてネイトを公爵家の当主にする」
「そんな事…なりません!」
「ほう、父親の命令に逆らうのか」
お父様は表向き、公爵様の良き補佐役として信頼を得ているけれど…裏ではいくつかの悪事に手を染めている事に私は気付いていた。
不要とあれば容赦なく切り捨てる非情なお父様。
命令を聞かなければ私も捨てられてしまうだろう。
お父様の命令には逆らえない。
かといってアルフ様を捨てるなど———
だから、せめて。
私の代わりにアルフ様を聖なる神殿へ連れて行ってくれる人を探そう。
そう思い、あちこち探し回って———出会ったのが彼女だった。
ミアという名の馬方の少女。
彼女を見た瞬間、この子だと思った。
アルフ様は気付いていただろうか。
馬車に揺られながら彼女の唄を聴いている時、私には見せた事のないようなとても穏やかな表情になっている事に。
アルフ様は知るだろうか。
彼女の顔が———アルフ様がずっと大事に持っていた、マリア様の絵姿にとても似ている事に。
アルフ様から離れ、侯爵家へと戻された私はすぐにネイト様と婚約した。
ネイト様は嬉しそうに…本当は、ずっと私の事が好きだったと告白された。
しばらくして、今度は公爵様が病にかかり、ネイト様のお母様が家から出されるという事件が起きた。
———きっと、お父様の仕業だ。
そうだ…お父様はこれを狙っていたのだ。
公爵家をバラバラにして、自分がその実権を握ろうとしている。
次はネイト様が危ないかもしれない。
そんな事…それだけは、させない。
だから私は。
心からネイト様を慕っていると———私にはネイト様が必要なのだと、お父様に思わせるようにしたのだ。
ネイト様には手を出させないように。
私だけが心の支えだと、私を慕ってくれるネイト様と共にいるのは…こんな状況で相応しくないだろうけれど、とても穏やかな心でいられる。
アルフ様といる時は感じられなかった心だ。
———初めから、ネイト様と婚約していれば良かった。
私の事など見向きもしないアルフ様よりも———
いや…そういう私だって、ネイト様よりアルフ様の方が好きだったのだ。
最初からネイト様と婚約していたら…アルフ様の事ばかり思っていたかもしれない。
アルフ様が、マリア様の事を忘れられないように。
私は卑怯な人間だ。
お父様のせいでこんな事になったのに、今のネイト様との穏やかな時間が続いて欲しいと願ってしまう。
お父様の犯した罪は重いのに。
この罪は———きっと断罪されるべきなのに。
そして私も……
それでも。
今だけは…赦されて欲しい。
ネイト様を守る事だけが、今の私に出来る事なのだから。