三幕目 4
もう———何だったんだろう。
カーティスさんとの会話を思い出して、心の中でため息をついた。
まるで私も呪いに掛かっているような…
そりゃあ記憶もないし、髪だって黒いけど!
でもそれ以外は平凡な———
〝それならついでに特別な能力も付けてあげよう〟
ふいに前世での最後の記憶が蘇る。
あの白い場所でカミサマからの言葉。
実際には特別な能力なんてもらえなかった、そう思っていた。
だけどもしも…呪いか分からないけれど、記憶がない事とその能力が関係していたら…?
心がザワザワする。
後ろを窺うと、アルフ様は硬い顔で何か考え込んでいるようだった。
———私よりも、今はアルフ様の事だ。
とにかく一日も早く、聖なる神殿に行かなくちゃ。
手綱を握り直すと私はネーロを急かした。
宿に着いても、アルフ様は無言だった。
「ミア」
食事を取り、一息ついて。
ベッドの縁に腰を下ろしたアルフ様がようやく口を開いた。
「はい」
「ずっと…考えていた。家族の事、今までの事…これからの事」
「…はい」
「僕は嫡男だ。ローウェル家を守らなければならない」
顔を上げて、アルフ様は言葉を紡ぐ。
「だけど僕は…あの家を出ようとしていた」
「アルフ様…」
「今回の…呪いの事が起きるずっと前から思っていたんだ。家を出て僕の大切なものを探しに行こうと」
「大切なもの…?」
「本当の婚約者はモナじゃないって言ったよね」
確か…行方不明になったリーベルトのお姫様。
「彼女…マリアと初めて会ったのは僕が六歳、彼女が四歳の時だった。あの時子供心に決めたんだ、結婚するなら彼女しかいないと。早すぎると周りに反対されたけど五歳の誕生日に婚約の腕輪を贈った。———数日後にその腕輪を残して、彼女は消えてしまった」
アルフ様は俯くと長いため息をついた。
「皆が忘れろという。だけど僕には出来なかった。彼女の家族でさえ彼女を諦めるというなら…いつか家を出て、僕が彼女を探しに行こうと決めていたんだ」
だけど、ともう一度アルフ様はため息をついた。
「僕がそうやって、自分の事ばかり考えていたから家が滅茶苦茶になってしまった。———全て僕のせいだ」
自分を責めるように。
膝の上で握りしめた左手を、自身の右手で握りしめる。
爪を立ててきつく力を入れる、その爪が左手を傷つけてしまいそうで…私は思わずアルフ様の前に膝をつくと、その手に自分の手を重ねた。
「…ミア」
ふっとアルフ様の力が緩む。
「僕はずっと、マリアを探す事しか考えていなかった」
見えないアルフ様の瞳が私を見つめる。
「だけどミアと一緒にいる内に…違う道もあるんじゃないかと思えてきたんだ」
「違う道?」
「このままミアとずっと一緒にいたいなって———ミアの声も、存在も、とても心地が良いものだから」
私の手の下で、アルフ様の手がもぞりと動く。
「———マリアの事を忘れられないのに、こういう事をミアに言うなんて酷いね。…僕はやっぱり、自分の事ばかりだ」
自嘲するように唇が歪んだ。
「アルフ様」
私は手に力を込めた。
「人の心は…とても複雑なのだと思います。色々な…矛盾する心が入り混ざって、その人を形作るのだと」
「心が入り混ざる…」
「王女様を大切に思う気持ちも、私の事を…そう思って下さる気持ちも。全て合わせてのアルフ様なんです。だから…そうやって責めないで下さい」
きっと初恋の人だったのだろう。
十年以上も想い続けられるほど、大切で特別な。
「———起きてしまった過去は変えられませんが、未来は変えられます。まだ大丈夫です」
アルフ様が顔を上げた。
「まずは呪いを解きましょう。それから、カーティスさん達と相談して何が出来るか考えましょう。こういうのは協力者が多いほどいいんです」
一人で考えることも大事だけれど。
意外と人を頼ってみたら簡単に解決できたりする事も多い。
これは前世で学んだ教訓だ。
「そうだね。…ミアがそう言うと、大丈夫な気がしてきた」
ようやくアルフ様の顔に笑みが戻った。
「ミアは僕より歳下なのに、時々とても大人びた事を言うよね」
「…そ、そうですか?」
それは中身が実年齢プラス十歳だから!
しかも前世と今世の年齢を足すとアルフ様の倍以上になってしまうんだけどね!
……少し悲しい。
「ミアも手伝ってくれる?」
「はい。もちろんです」
アルフ様の手が、私の手を握りしめた。
「———たとえ呪いが解けたとしても、やはり僕は家には戻らないと思う。家はネイトに譲る。あれが安心して家を継げるよう、僕は違う形で家を守るよ」
「…はい」
「無事に解決したら…その後の事は、その時に考えようと思う」
「はい…そうですね、それがいいと思います」
王女様を探しに行くのか、別の道を選ぶのか。
それは今決めなくていい事だろう。
先送りできる問題は無理にやらなくていい。
これも前世で学んだ事だ。
とにかくアルフ様の呪いを解かない事には、何もできないのだから。