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10.戦場から追い出された兵士

カタリナという、唯一無二のひとを得て、私は心に強い芯ができた。

相変わらず、学校での反応も、何一つ変わることはなかった。

でも、幸か不幸か、高校3年という大きな節目を迎えた彼らは、私になんか構ってる余裕は一切ないようだった。


私は私で、なんとか第一志望校に合格できた。その時に、今までかけた分の、半分くらいは母に恩返しできたような気がした。


受験勉強の間も、カタリナは相変わらずだったけど、でも受験のストレスとか、不安なんかを消してくれたことは、本当に助かったし、何より一緒に乗り越えられた気がして嬉しかった。


そして――3月。

この日を迎えた。


朝、制服に着替え、朝食をとってから母に行ってきますの挨拶をした。


「ゆかり……いってらっしゃい。」

「うん、お母さん。今日で……今日でやっと最後だよ」


今まで口にしなかった……できなかったけど、私の本音を、今日、この日だけは許してくれるかもしれない。そう思って、そう言った。


「……うん。頑張ったね、本当に」


でも……母は、わずかに涙を浮かべ……私が言わなくても、私がどうやって学校でやっていたのか、わかっているようだった。


その母の涙を見て、思わず母に抱き着いて……玄関を出た。


今日が、戦いの終わりの日だから。


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


校門を出て、もう一度だけ振り返った。


何度も何度もくぐった。

嘲笑を浴びても、教室で無視され続けても。

体育でペアになるときでも、私だけは一人で残されても。

陰口をたたかれても、手紙を回されては私のほうを振り返られて、クスクス笑われても。


私は彼らを、それらを無視して、一人の世界にこもって……ただ一人で、この戦争を戦っていた。


でも、私の戦いは――今日、終わった。


中学……そして高校という、戦場から、生きて帰ることができた。


解放されたのか。


……いや、違う。


彼らにとっても、私にとっても、今日という日は高校を卒業した日、という平等な価値でしかない。

彼らは、自分たちが私に対して――いや、きっと私以外の他の人にも――行ってきたことに対して、その代償を支払うことなく、まして私に対して謝罪などすることもなく――ただ、今日という日を迎えている。


私が感じている――このくすぶりは、いったい何だろうか。


人は、平等なのではなかったのか。

私は、カタリナに出会ってから、そう思うこともあった。


ならば――私が負った傷は、どこに行くんだろう。


たった一人の負傷兵は、『卒業』という終戦宣言を受け入れきれずに――


いまだに、武器を下せずにいた。


ずっとずっと、救護兵を呼び続けていた。


だって  だって  だって、私の傷跡からは こんなに血が出ているのだから。


お前たちが終わったつもりでも――私の傷は、まだ治っていないんだぞ――


虚無感だけが、私に残されていた。

達成感や、満足からは程遠い。


でも――それでも、戦争は終わった。

もう――敵は、いない。

いなんだ。

いないんだ どこにも どこにも どこにも!!


この壊れた銃で反撃しようとしても


もう、届かない場所に、行ってしまったんだ。


私も。


あいつらも。



最後に、もう一度だけ校門を振り返って……


もう二度とくぐることも、思い出すこともないだろうここの風景を目に収めて

自宅へと踏み出した。


もう、戦争は――終わったんだ。


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


「……ゆかり」


ふわり、と愛おしい声が降ってきた。

帰る途中、周りには誰もいなかった。


「カタリナ……終わったよ……勝手に、終わりやがったよ、『私の戦争』」

「……えぇ……」

「先生だって……周りのやつらだって……平等にこの終戦日を迎えてる!!やつらは、やつらは私に……!!」

「うん、うん……」

「ねぇ、カタリナ……人は、みんなは、平等なんじゃなかったの……?人を傷つけた報いは、私を傷つけた代償は、あいつらには与えられなかったよ……!?」

「……ゆかり……今は、そのほとばしる激しい怒りを、私にぶつけて。私なら……私だけが、あなたの傷を、一緒に背負ってあげられるから。私だけが……あなたの傷跡を、治してあげられるから……」

「うぅ……くそぅ……どうして……どうしてあいつらは……わぁーーっ!!」


カタリナは、ずっとずっと、長い時間、私を抱きしめてくれた。


たとえ周りには、私が一人で道路脇で泣きわめいているようにしか見えなくても


私は、私とカタリナだけの、二人の戦場跡で、その傷跡に向かい合っていた。



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