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にっきちょう  作者: ara
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2.乗車列

 連日の猛暑に辟易としながら、私は駅のホームで電車を待っていた。ホームに来た時にちょうど前の電車が出発してしまったようだ。私は特に急いでいるわけでも無かったので、駆け込み乗車もせずにホームまで歩いてきた。ホームには車両の扉の位置を示した乗り込み待機の線が引かれていた。他に乗客もおらず、私は待機列の一つの先頭に立って、次の列車を待っていた。


予告のアナウンスのすぐ後に、電車がホームへとやってくる。周りを見ると他の乗客も同じように待機列に並んでいた。電車が止まると私は扉の両側に擦り寄り、乗り込む準備をした。車両の中にも同じように降車するために扉の前に待機する人たちが見える。扉が開くと彼らはすぐにホームへと降りてくる。扉は一つしかないため、乗車と降車を同時には行えない。乗客が降りるのを待ってから乗り込むのが暗黙の了解となっている。満員電車では、そもそも降りずには乗り込めないし、そうでなくても乗り込んだ人が邪魔になって降りづらいからだ。


乗客が降りきるまで私は身を引いてじっと待っていた。しかし私の反対側で待っていた客は、一人二人が降りた段階で車両に乗り込んでしまう。車両の扉は人間二人分ほどあるため、降りる客と、乗る客が同時に居ても何とかなるようになっているのだ。もちろん降りる上では邪魔にはなるが、反対側に寄れば十分に余裕をもって降りられる。一人が乗り込めば、その後ろも続いて乗り込める。しかし寄られた側の私たちは当然だが、降りる客がいなくなるまでは乗り込めない。こうなると乗り込むまでの時間に相当の差が生まれるのだ。


私はこれに憤りを覚えた。不公平で卑劣な行動に感じられるのだ。私とその後ろの客は彼らが乗り込んでる間もじっと待っていることを強制されているのだ。同じ乗客なのに一方だけが得をすることは気分のいいものではない。特に私が損をしている側の時は。


そもそも彼らはなぜそんなにも早く乗り込まなければならないのか。一番の理由は座席だ。彼らは大体疲れていて、座席に座って足を休めたいのだ。そのためには一刻も早く車両に乗り込み、空席を確保しなければならない。かくいう私もできることならば座席に座りたいと考えている。ほぼ全ての乗客は、座れるならば座りたいと考えているだろう。揺れる電車で立っていたいと考える人は多くない。だからどうやって座るか、という一点のみを考える。おそらく自分以外の乗客のことなど毛ほども気にしていないのだろう。彼らにとって重要なのは空席にありつけるかどうかで、そのためには手段を選ぶ必要はない。


 もちろん彼らが乗り込まなければいいと言うだけの話ではあるが、それ以外にもこの蛮行が横行するような理由があるはずである。実際の原因は定かではないが、やはり電車内に流れる空気の存在は無視できない。まず一般的に、多くの客は座席を欲しているが、座席に座れない場合に、扉と座席の間の空間に好んで立つ人々が存在する。扉の近くで降りやすく、もたれかかることもできるため、座席の次に人気のある場所である。彼らは目の前の扉が開いても全く邪魔になっていないと思い込んでおり、(自分の降りる駅でなければ)動こうとはしない。確かに彼らを避けても扉は十分に広く、降りる上では問題ない。しかし両側を埋める存在によって二列で降りるには少し窮屈になる。その結果、一列で降りることになり、空いた隙間に一刻も早く乗り込みたい人々が付け入るのだ。また、そもそも見知らぬ人の隣に立つという行為は避けられる傾向にあり、混雑していない車内で急いでない人たちは二列に並ばずに一列で降りようとするのだ。このような空気感のせいで降車途中にも乗り込みやすい土壌ができているのだ。


 我先にと降車客を待たずに乗り込む行為は公正さに欠けると考えては居るが、だからと言って乗り込むのが早いのではないか、まだ乗り込まないように、などと彼らに注意をしたりしたことはない。彼らは暗黙の了解を無視しているに過ぎず、私とて言い合いになってトラブルに発展するのは避けたいからだ。このように注意しにくいこともあって、一刻でも早く乗り込むことを至上の目的とする人々には乗り得ともいえるような状況なのである。


 私にできることと言えば、不公平にならないように待つことだけである。自分は彼らのようになってはいけない。注意する勇気もエネルギーも持たないが、せめて自分だけは公正に行きたいものだ。

 そんなことを考えていると、ふとある考えが頭をよぎった。彼らは自らの行動の善悪について全く考えていなくて、故に反省する機会も永遠に訪れない。電車の扉については私は善悪について考えているけれど、もしかしたらどこか他の場面で、善悪を考えるという発想もないままに悪しき行動を取ってしまっているのかもしれない。だとすれば私がすべきことは彼らを糾弾することではなく、やはり自分の行動を見つめ直す必要があるのだ。彼らのように、自覚のない悪を自らがしてはいないだろうか。


 私は片側だけになった列の先頭で、乗客が降りきるのを待ってから車両に乗り込んだ。

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