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後編

下駄箱の前で立ち話をしていても登校してきた生徒たちの邪魔になる。

私と加藤くんはとりあえず教室に行こうと階段を無言で上っていた。

ちなみに松本くんは言いたいことだけ言って満足げに先に教室に行ってしまった。

お互いにわりと早く時間に余裕を持って登校してくるタイプでだからまだ生徒の数もまばらで、階段にいるのも私たちだけだ。

私の数歩前を歩いている加藤くんの背中をそわそわした気分で見つめる。

今、加藤くん、何を考えているんだろう。

そんなことを考えていると、階段の途中の踊り場でふいに加藤くんが振り向いた。


「わっ」

「あ、ごめん」


突然すぎてぶつかりそうになる。加藤くんが慌てて私の手を取って支えてくれる。けれど、私が体勢を立て直すとその手はすぐに離れていった。

なんとなく寂しく感じて加藤くんを見上げると、私以上に寂しそうな目が私を見ていた。

そして、彼は静かに口を開いた。


「あの……土曜日のことなんだけど。俺、村田さんのせいで浮いたって思ってないよ。村田さんが来てくれたって俺が勝ってに浮かれた結果だから」


加藤くんが私のせいだなんて思っていないことも、怒っていないこともわかっている。

だけど、私の中の申し訳なさは消えない。


「でもね、そもそも私が来なかったら何も問題なかったでしょう? もしかしたらあの後も加藤くん、試合で大活躍だったかもよ。ほかにも私の影響で、授業中とかいろんなところで加藤くん、浮いて、私、迷惑かけてる」


言いながら、なんだか悲しくなってきて胸の奥あたりがちくちくと痛み出してきた。

それでも、私は土曜日からずっと思っていたことを、彼に告げた。


「だから、私、あんまり加藤くんのそばにいないほがいいんじゃないかな……」


私の言葉を聞いて、目の前の顔が明らかにこわばる。

それは、そうだよね。でも私はそのことばかりが気になっていて、言わずにはいられなかった。


「……それは、別れたいってこと?」


私は首を横に振った。


「そこまでは思ってないけど。でも、距離を置いたほうがいいのかなって……」


中途半端なことを言っている私は、今、加藤くんの目にはすっごくイラつく女子に見えているだろう。自分でもこんなこと言い出す彼女がいたらはっきりしろと怒鳴りたくなる。

だけど本当に、私はどうすればいいのかわからないのだ。

このまま加藤くんに迷惑をかけつづけることと、このまま離れてしまうことのどっちが正解なのか、わからない。

加藤くんが不安そうに、私の顔を凝視する。


「前からちょっと思ってたんだけど。なんで俺と付き合うことにしてくれたの?」

「え? なんでって……私も好きだから?」

「本当に? なんとういうか、えーと、そんなに俺のこと好きじゃないけど断るのが悪いとか思って遠慮して俺の告白OKした、とかじゃ……ない?」


思ってもみないことを言われて、私は少し眉を吊り上げた。


「そんなんじゃないよ。なんでそんなこと言うの?」

「だって、今だってそばにいないほうがいいんじゃないかとか言い出すし、本当は好かれてないのかなとか、いったん付き合い始めたけどやっぱり俺のこと嫌になったんじゃ……とか、思うじゃん。それから……俺は告白したときに好きって言ったけど、俺は言われてないから」


最後の言葉に私は目を見開いた。

私、そんな理由でOKしたりしない。

好きじゃない人にははっきり断るし、本当に加藤くんが好きだから、「はい」って言った。「よろしくお願いします」って言った。

だけど、確かに口に出して「好き」とは言っていない。

それで今みたいなことも言ったら、そりゃあ加藤くんも不安にはなる。


「だからさ、無理して付き合わせてたなら、ごめん」


違う。そうじゃない。私がちゃんと自分の気持ちを態度にも言葉にも表さなかっただけ。

なのに今もとっさに言葉が出てこなくて、私は必死に首を横に振るだけ。

もどかしく感じて、私はどうにでもなれと加藤くんに抱きついた。


「むっ村田さんっ?」


私よりも少し目線が上になったことで加藤くんがほんの少し浮いたのがわかったけれど、そんなことはどうでもよくて、私はつま先立ちで彼を見つめて叫んだ。


「私、本当に加藤くんのこと好きだよ! 1年のときから見てたんだよ、浮いちゃうの可愛いなって!」

「か、かわっ……!?」


さらにもう少し加藤くんが浮いて、私の足が宙に浮く。

落ちないように加藤くんの肩にしがみついた。


「だから告白されたとき嬉しかったんだよ、加藤くんみたいに浮かなかったけど、そういう体質なら私だって浮いてたよ。それから可愛いだけじゃなくてこのあいだの試合はかっこよかったし、2人で話してるときとか楽しいし好きだなって思うし、だから嫌いじゃないし、迷惑じゃないなら本当は一緒にいたいし、えっと、えっと……」


あと何を言えば信じてもらえるんだろう。

必死になって言葉を探す。


「村田さん」


落ち着いた声で名前を呼ばれて顔をあげると、加藤くんは照れくさそうにつぶやいた。


「じゃあ、一緒にいようよ」


すっと地に足がつくのを感じた。


「村田さんが、俺のこと、その、好きでいてくれてるのはわかったよ。だったら一緒にいようよ。俺、浮いて困るよりも好きな人と一緒にいることのほうが大事、だと思う……」

「大事……?」


小さい子どもみたいに首をかしげる私に、加藤くんはうなずいた。


「そりゃあ、こないだの試合みたいなときに浮いたら困るけどさ、それは村田さんのせいじゃないし、今みたいに俺が頑張ったら気合いしだいで浮かないし」

「今、頑張ってるの?」


つい気になって聞いてしまうと、加藤くんがちょっと怒ったように私を見た。


「そーだよ! あんな矢継早に可愛いとかかっこいいとか……好きとか言われたら浮きそうになるじゃん……って、今それはどうでもよくて! とにかくこんな感じでなんとかできるんだよ。それよりも浮くとか浮かないとか迷惑とか、そういう些細なことで好きなのに距離置くっていうことが、馬鹿みたいだと思う、から、」


なんとなく、彼の言いたいことはわかった。だけど何かが足りない。何かが私を不安にさせる。

私はおそるおそる、加藤くんに問いかけた。


「私は好きだし一緒にいたいと思ってるけど、加藤くんもそう思ってくれてる? 浮いちゃって困っても?」


そうだよってうなずいてくれればもういいやと思った。

私が気にしていることなんて加藤くんが言うとおり些細なことだと思おう。

そう決めて返事を待っていると、加藤くんはさっきから桃色だった頬をさらに赤く染めて、しっかりとうなずいた。


「お、俺も好きだし一緒にいたい……というか、一緒にいて!」


浮けるなら浮きたい気持ちになった。

ただ嬉しいだけじゃなくて、なんだか舞い上がるような、説明のつかない理由で心臓がどきどきしている。

加藤くんに負けないくらい大きくうなずくと、加藤くんは……。

やっぱり浮き始めた。


「あー……いや、でもこれだって自力で戻れるし! 見ててよ、ふんぬっ」


何やら踏ん張って降りようとしてくる姿に思わず吹きそうになる。

そういうところも、なんか、好きだ。


「ねえ、お願いがあるんだけど」

「何?」


踏ん張るのをやめて、きょとんと私を見る加藤くんに私は小声で、早口で言った。


「も、もう一回、抱きついてもいい?」


顔を見て言うのが恥ずかしくてうつむけていた目をそっとあげると、せっかく降りてきていた加藤くんは、また上に浮いていた。

だけど私と目が合うと、控えめに両手を差し出してきた。


「……いいよ、はい」


ジャンプすれば抱きつけるくらいの高さ。

私は思い切って彼に飛びついた。


「おっも!」

「えっ、ごめん! でも重いってひどくないっ?」


申し訳なさとむっとした気持ちが半々でどんな顔をすればいいのかわからないまま文句をいうと、間近にある好きな人の顔が、くしゃっと笑った。


「うそ、うそ。軽いから大丈夫ー。てか変な顔」

「変って……」


何か言い返してやりたいけど、いい言葉が見つからない。

んーと二人で浮いた状態のままむくれていると、ふと思いついた。


「そういえば、加藤くんこそ、なんで私に告白したの?」

「は? こんだけ浮いてるんだからわかるじゃん。好きだから」

「だからその、私のどこが好きなの?」


多少いじわるな気持ちも混ぜて尋ねてみると、彼は私に告白してきたときと同じかそれ以上に頬や耳を真っ赤にして、さらに数センチ浮いた。


「ひゃっ」


びっくりして思わず首に回していた腕に力が入ると、私の背中に添えられていた彼の腕がぎゅっと抱きしめてくれる。

こんなにくっついたことなんてないから、自分の心臓の音が加藤くんに聞こえるんじゃないかってくらいにうるさい。

これ、浮いた高さ最高記録だとかいう1メートル絶対に超えてるよね。


「やっば、さすがにこんなに浮いたことないんだけど」

「高すぎるの怖いから、は、早く言ってよ……」


恐怖半分恥ずかしさ半分で弱弱しくせっつくと、加藤くんは居心地が悪そうに咳ばらいをした。

その直後、彼が耳もとで何を言ってくれたかは誰にも内緒だ。


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