商人のおっちゃん、喫茶ブロードへ行く(前編)
商人のおっちゃんが喫茶ブロードに行く話です。
どうも世界を駆け巡る大商人です。
貿易する品をパンパンに詰めたリュックを背負いワシは大国ロムンクランドに向かって冷や汗を垂らしながらゆっくりと足を進めていた。
前回の国、ランデルスクライドでは魔王軍に敗れた勇者軍が帰って来てから、それはそれは大変じゃった。
◇◇◇
「そこのお兄さん、珍しい物がたくさん揃っているぞ?一つ見ては行かないかね?」
ワシは他国からかき集めた品を大きなふろしきに広げて座り、通行人に一人一人声をかけていた。
いつもなら声をかければ四人に一人くらいは来る。なんて言ったってワシがかき集めた珍しい品々、まったくと言っていい程手に入らない品まで揃っている。
そのはずなのに、誰一人とて品を見ていくものはいなかった。
もともとランデルスクライドは活気溢れる国だったはず……それが無くなった。
その理由は明白、勇者が魔王軍に敗れてしまったこと。敗れた事で市民は絶望&失望ムード、勇者と名乗る者達は少し傷ついただけですぐに帰還するダメ勇者だ、魔王軍に喧嘩を売って怒らせて尻尾巻いて逃げてきている。魔王軍にいつ国を滅ぼされてもおかしくない……そんな状況になってしまった。
普通、危機が迫っているのに珍しい物があるから見ていこうなんて考えはワシでもしない。
防災魔法道具や防衛魔法柵、そんな非常事態に使えるような物が市場では飛ぶように売れていった。
あいにくワシは防災用品などは品に入れておらず、何も客に売ることは出来なかった。
なんとか粘って3日間……四品くらい売ることには成功し、なんとか旅立つ事が出来るであろう持ち金600ゴールドを手に入れた。
品をまとめ大きなリュックに詰めこんな活気の無くなった街とはおさらばしようと思ったその時だった。
一人の青年が住民たちに知らせるように叫び散らした。
「ま、魔王軍が!!魔王軍が攻めてきた!!畜生ッ!!」
ま…魔王軍が、攻めてきた…?何故このタイミングで……?
こんなに冷や汗が吹き出したのは生まれてこの方無かったかも知れん。
今まで旅の途中で魔物に襲われる事はあっても、その魔物はゴブリンやスライムと言った弱小なやつらばかりで特に危機感とかそういったものは無かった。
だが今回は今までと事態が違いすぎる。魔王軍…きっとオーガやオーク、キングガーゴイルなどがうじゃうじゃ攻めてくるだろう。
それを想像した瞬間、ワシの足は勝手に動いていた。魔王軍が攻めてくる理由なんて考えている暇は無かった。
やがて後ろから悲鳴と化物の鳴き声が聞こえてくる。
オーガが人を喰らう事で聞こえてくる生々しい咀嚼音、キングガーゴイルと思われる豪快な羽音と風圧、そして、ワシに向かって走ってきてる……狼型の魔獣の群れ
それに気付いた瞬間体中からアドレナリンが吹き出し、足か疲労を溜めている事もアドレナリンでかき消され、ひたすらに逃げるために走った。
商人たるもの、逃げ足遅くなるべからず。
その教えのもと商人を志したときから体力と足の速さを身に着けてきた。
それが今、全力で役に立っている。
相手は仮にも魔獣、普通に走っていってもいずれは追いつかれる。
それを分かっていてまっすぐに逃げるわけが無い。ワシは角を使いながら、どうにか振り払う事を成功させる。と油断した時、後ろから大きな影が迫っていた……
「……ンギャーーー!!」
その影の正体はキングガーゴイル。
考えるよりも速く体が動いた。
逃げる、逃げる、とにかく逃げる。
なぜこんな目に合わなければいけないのか?そんな事が一瞬頭によぎるが関係ない。
今は頭を真っ白にして走ることだけを考える。
だが相手は空を飛ぶ魔獣、相手が走っている時とは勝手が違いすぎる。
頭を真っ白にして走っていると、もう国からはとっくに出ていて国の境目にある山道にまで来ていた。
こんな上り坂……もうダメなのか…。
ワシがそう思った瞬間だった。
「ンギュッ!!ギュワー!!ンンワー!!」
何か悲鳴に近い声で叫び散らした後、ワシを追うことをやめた。
なぜ?いやいや、そんな事よりも今は生きていることを喜ぼう。
……そして、死してしまった無念な魂にご冥福を祈ろう。
ワシは両手を胸の前で握り合い、冥福を祈った。
◇◇◇
そして現在に至る。
山道は上り坂、そこまで急な坂道ではなく緩やかで、山も高くなく、ハイキングコースにはぴったりな場所である。
少し楽しみながら鼻歌交じりでその緩やかな坂道を歩いている。
今考えれば凄い話だ。数十匹の魔獣に追われ、キングガーゴイルからの追跡を免れた。
グウ〜〜〜……
生きていることに再び安堵をすると、緊張の糸が切れたのか、お腹の音が鳴る。
そりゃそうだ。何も食わずに一日中座って客を集め、その後に全力以上の力で走り続けた。
腹が減って当然だ。
そんな事を考えながら山道を歩いていると、小さく、手書きと思われる粗末な字で書かれた看板を見つけた。
ふむふむ喫茶ブロート……最高のステータスとな?そしてリーズナブル!!これはありがたい!
現在所持金は少ない、だがリーズナブル!!それは悪魔の囁きのような、はたまた天使のお告げのような、今のワシにとっては甘い蜜のような言葉だった。
山を下った小さな田舎にあるらしい。
ワシは少し、はや歩きになって喫茶店へと向かった。
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「お待たせしました、いつものコーヒーと今日はキングガーゴイルのモモ肉のステーキです、ごゆっくりお楽しみください。」
「ああ!!ブロートさん、早速頂くよ!!」
器用な手つきでモモ肉をナイフとフォークを使って切っていく。
肉を切り離すと中から大量の肉汁が溢れてくる。作った俺ですらよだれが垂れそうだ。
「こ、これは……!!噛むと旨味が溢れるぞ!!それにこの柔かさ!どんな秘密があるんだ!?」
口にモモ肉を運ぶと幸せそうな顔になるテルスさんはこの料理の秘密をキラキラした瞳で答えろと訴えかけてくる。
「んあー……それはですね〜」
チリンチリン
「あ、すいません。お客さんが来たみたいなので後で説明させて頂きます。ではごゆっくり」
俺はテルスさんに一礼してその場から離れ、奥のテーブルから出入り口に向かって歩く。
普段客が来ない時間に客が来てくれたことに少しだけ嬉しさを感じつつ、笑顔で接客をする。
「いらっしゃいませ、喫茶ブロートへようこそお越しくださいました。」
俺は初めてのお客様に対してだけ「いらっしゃいませ」の後にこう付け加えている。
「あ…ああ、腹が減っておってな…、安く食べられると看板に書いてあったので来たのだが…。」
お…?なんか色々と事情あって来てるタイプっぽいな。過去にもこんな感じで「腹が減った」と来た客は何かと訳ありの人なんだよな。
見た目は商人、荷物の大きさからそう推測できる。
ここに来た商人……てことはランデルスクライドで仕事をきてからロムンクランドに向かっている途中に何かあった感じの人だな。
俺が色々と商人のおっちゃんの推測を立てているとテルスさんの席をチラッと見たおっちゃんが
「……!?……600ゴールドしか無いが、た…足りるのかの?」
と不安そうに聞いてきた。
あ〜、あの食事が高そうに見えたっぽいな。
「安心してください、喫茶ブロードの最高料理でも600ゴールドしないですよ」
そうそう、最高級の竜王の目玉の漬物でも400ゴールドくらいだ。子供のお小遣いで買えちゃうな。
俺はメニューをおっちゃんに見せると目が飛び出る程の驚きぐらいを見せてくれた。
「な、なんだと!?竜王の目玉は相場で7百万ゴールドはくだらないのに……400ゴールドで漬物だと!?………店主、まさかとは思うが……偽物ではあるまいな?」
やっぱりそうか……今までもたまに疑われてたしな。
よしだったら
「疑うのならば50ゴールドでお出ししましょう。」
俺は少しドヤッとした顔でそう言うと
「私の目は騙せんぞ?なにせ30年間商人をやってきた。」
と言われても本物だしな……
「ええ、かしこまりました。今すぐお持ちしましょう。」
俺はその場で一礼をしてから厨房に入っていく。
さてさて、おっちゃんの驚く顔が楽しみだぜ。
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何?倒したい魔物がいる?でも力も無いし腹も減ってる?大丈夫、どちらも喫茶ブロードで解決!!是非お越しください。
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感想等お待ちしております!!