1-4
「女性化乳房症じゃと?」
「………………はい」
あの後、なんとか先輩をなだめて、ボクは自分の身体を治して欲しいことを告げた。
だけど、円ちゃんの教えてくれた通り、やっぱり先輩は病状と薬を欲しがる理由を訊いてきたので、ボクは仕方なく自分の病気を話したんだけど……。
「ちょ、ちょっと待たんか。女性化? 女性化と言ったの、おぬし。ということは……」
先輩は顔面を蒼白にして、ふるふると震えながらボクの胸を指さす。
「あの……はい……。えと、実はボク……! そ、そのっ、男の子なんですっ……!」
「な」
それを聞いて、先輩は一瞬ぴたりと停止し、
「な――――んじゃとぉ――――っ!?」
次の瞬間、勢いよく蒸気を吹き出すヤカンみたいに、感情を爆発させた。
「き、ききき、きさまっ、お、おお、男だったのかえっ!?」
「はい……そうなんですぅ……」
ぺたりと床にお尻をつけたまま、ボクは恥ずかしさで泣きそうになりながら先輩を見上げる。
「う、嘘じゃっ! お、おぬしが男じゃなんて、そんなわけがあるかっ! だ、大体、胸だってわらわよりも大きいではないかっ!」
言うと同時に何かに気付き、先輩はがっくりと項垂れながら、どんよりとした空気を周囲に撒き散らした。
「だから、女性化乳房症なんですってばぁ……」
「そんな……ばかな……わらわの胸が、男のこやつよりも小さいじゃと……?」
ボクの話を聞いているのかいないのか、先輩はなにやらぶつぶつと呟きながら、自分の胸を鷲掴んで震えていた。
「先輩……あの、それでボクの身体を治し」
「はっ!? ということは……き、きき、きさまっ、お、おお男のくせにわらわにヒザを舐めさせたのか!?」
全然、これっぽっちも聞いてくれてなかった。
というか、せっかく忘れかけてたのに、その言葉でさっきの感覚を思い出してしまって顔が一気に熱くなる。
「だ、だだだから、ボクはやめてくださいって……!」
「そんなもので分かるか、この下郎がぁぁぁあぁ――――――っ!」
「そ、そんなこと言われてもぉ……」
「し、しかも、あ、あああ、あの下着まで見られるとは……くっ、屈辱じゃ……! わらわをここまでコケにしてくれたのは、きさまが初めてじゃ!」
ボクだって、騙したくて騙してたわけじゃないし、パンツ見ちゃったのだって単なる偶然なのに……。
「……時におぬし、む、胸のサイズはいくつじゃ」
「え?」
「胸のサイズじゃ!」
「は、はいっ! き、91のFですぅ!」
「き、きゅうじゅういちのえふじゃと……。なんじゃそのふざけた数字は……わ、わらわでさえはちじゅうもないというに……それを取り除きたいじゃと……? くっ、ふ、ふざけおってぇ! これが持てるものの傲慢じゃとでも言うのか!」
今度は何やら独り言を呟きながら、机をどんどんと叩き始めた。
ど、どうしよう……。でも、訊いてみないと始まらないし……。
「あ、あの……そ、それで……薬は……」
「ええいやかましい! 帰れ! きさまなんぞに付ける薬はないわ!」
「えぇぇぇぇっ!?」
勇気を出して本当のこと言ったのに、こんなのってひどい。
仕方なく立ち上がり、あまりのことにふらつきながらドアの方へと歩いていく。
やっぱり、この世に救いなんてない。毒に侵されたら、ただひっそりと死を待つしかないんだ……。
「……いや、待てよ? 確かもうすぐ学園祭じゃったのぅ」
背後で、何か呟いている気配がしたけど、ボクはもう気にすることもなく絶望に打ちひしがれたまま、ドアに手をかけた。
そのとき。
「おい、きさま。ちょっと待て」
何か、面白い悪戯を思いついた子供みたいな声がした。
「え――」
振り向くと、そこには仁王立ちして、底意地の悪そうな笑みを口元に浮かべた先輩がいた。
「気が変わった。今後のおぬしの態度如何では、考えてやらんこともない」
その言葉を聞いて、ボクの身体が活気を取り戻す。
「ほ、本当ですかっ」
「ああ、本当じゃ。ただし、二つほど条件がある」
先輩に駆け寄ろうと動き出した足が、ぴたりと止まる。
「じょ、条件……?」
「そうじゃ。一つは、薬に効果があろうとなかろうと、言いがかりはなしじゃ。ふん、いかにわらわと言えど、おぬしみたいな症状の人間は初めてなんでの。正直、薬を作ったとて、上手くいくかどうかはわからんのじゃ」
なるほど。確かに言っていることはわかる。二葉先輩は薬を作れるとは言え、医師でも薬剤師でもないんだから。
「よいか?」
「は、はい。それはわかりましたけど……。あの、もう一つの条件って?」
訊ねると、悪戯っぽい目つきが怪しい光を放った。気がした。
「なぁに、簡単なことじゃ」
そう言って、二葉先輩はボクを指差し、こう宣言した。
「今からわらわが卒業するまで、おぬしはわらわに絶対服従するのじゃ!」
教室内に先輩の声が寒々しく響く。
「え」
聞き間違いかと思い、もう一度今の先輩の声を反芻しようとする。だけど、停止しかけた脳は『絶対服従』という文字だけを、やたらと鮮明に浮かび上がらせていた。
「えぇえぇぇぇぇぇぇ――――――っ!?」
そして、その意味を悟ったとき、普段のボクからは想像できないほど大きな叫び声が、意思とは無関係に飛び出していた。
それがボクと二葉先輩の、あらゆる意味で衝撃的な出会いだった。