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綺麗な百合には毒がある?  作者: こんのこん
第一章『なんでもお気軽にご相談ください。』
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1-2

 放課後。琥珀の中に閉じ込められてしまったかのような学園の廊下を、ボクは少し急ぎ足で歩いていた。

 向かう先は、生物室のある特別教室棟だ。

「うぅ……もうこんな時間になっちゃった……」

 文字盤にキティちゃんが座っている、ピンクの腕時計に目を落とす。

 これは入学祝いに柑奈が買ってくれたもので、悪いとは思ったけど、当然のことながらボクは断固拒否をした。なのに、どうして今ボクの腕にその時計が付いているのかというと、これには深い事情がある。

 実のところ、ただでさえボクは柑奈に頭が上がらない。なのに「お姉ちゃんに喜んでもらおうと思って、お小遣い貯めて買ったのに……」なんて涙ぐみながら言われたら、もはや断るという選択肢など存在しないのである。はい、全然深くない事情説明終わり。

 というか、その前に『お姉ちゃん』ではないことをいい加減に認めてください。

 それはともかく。

「まだやってるかな……」

 昼休みから悩み、迷い、悶え、ようやく意を決したときには、教室にはボク一人が取り残されていた。何度か円ちゃんと宮帆ちゃんが話しかけてきてくれた気がするけど、何を言ってたかまでは覚えていなかったりする。

 まったく、自分の優柔不断さに溜息が出る。

 運動部なら、確実にやっているだろうけど、文化部となるとどうだかわからない。文化部って、なんだか気分で帰っちゃいそうだし。

 本当は走りたいくらいだけど、ぐっと堪えて早足で廊下を歩いていく。だって、転んでスカートの中でも見られたら目も当てられない。

 それに、これは女の子になってから(・・・・・・・・・)わかったことだけど、走ると痛い。それに、すごく疲れる。主に肩とか胸の辺りが。

 こんなことを言ったら、ある種の女の子に殺意を向けられちゃいそうだけど、胸が大きいって本当に大変なんだってことを身をもって知った。だって肩は凝るし、走ると引っ張られて痛いし、何よりも男子の視線が気持ち悪いってレベルじゃない。

 最後のは、まあボクが男だからなのかもしれないけど。

「うぁ……思い出したら鳥肌立ってきちゃった」

 本当に、なんだってこんなことになっちゃったんだろう。

「えっと、ここかな」

 少し息を切らしてやってきた生物室は、だけど電気が点いていなかった。

「うーん、やっぱりもう終わっちゃったのかな……」

 別に、終わってるなら明日でもいいんだけど、なんか明日になるとまた迷ってそうで嫌だ。だって、結構値が張るって話だし……。もし手術代と同じくらい取られちゃうなら、それこそ意味がない。

 だって、手術するお金なんてないから、ボクは今もこんな身体のままなんだし。手術代が払えるなら、今頃ボクはこの学園に男子生徒として登校している。

 つまり、そういうこと。

 うちは生活できるくらいにはお金はあるけど、手術できないくらいには貧乏なのだ。

「本当に、誰もいないのかな」

 まだ外は少しだけだけど明るい。あと十五分もすれば完全に夜になってしまうだろうけど、これくらいの明るさがあれば、まだ中の様子を窺うことはできそうだ。

「えっと……ちょっとだけ失礼しまーす」

 誰に言っているのか自分でもわからないまま、そんなことを小声で呟いて、廊下に面した生物室の窓に顔を寄せる。

(……あれ?)

 誰もいないと思われた生物室の中に、人らしき影があった。

 脇に流し台が設置された防火板の黒い長机が、黒板に向かって左右に五つずつ並んだ教室。黒板の脇で物言わぬ人体模型が立ち尽くす中、こちら側に背を向けた格好で、小学生くらいの背丈の女の子が座っている。そして、その正面からは、なにやら光が漏れていた。

 どうも、何かを見ているみたいだけど。

(なに……してるんだろ?)

 その少女の肩が、小刻みに震えている。って……もしかして泣いてる?

「え? え? な、なになに? ど、どうしたの?」

 そう呟いた瞬間、少女は隣に置いてあったペットボトルみたいなものを手にすると、おもむろに口へと運んでいく。

 突如として、背筋にぞくりとしたものが駆け抜けた。

 あれ、飲み物なんかじゃない! つ、詰め替え用の洗剤っ!? し、しかも、あれってお風呂掃除とかに使う酸性の強いやつじゃ――――!?

 脳裏に『自殺』の二文字が浮かび上がり、まるで自分が服毒したみたいに息が詰まる。

(だ、だめ……だよ……。そんな、自殺なんて……っ!)

 慌てて窓から身を離し、ドアを蹴破る勢いで生物室に飛び込んだ。

 突然のことに驚いて、こっちを振り向いた少女の口元は、今まさに洗剤の入ったボトルの口が付こうとしていて――

「だ、だめ――――――――――っ!!」

「へ?」

 ボクは床に躓いて、ヘッドスライディング状態になりながらも、ひったくるようにそれを少女の手から叩き落した。

「――あ」

 涙を頬に伝わせながら、少女は床に落ちたそれを呆然と見て、

「あぁぁぁぁあぁぁ――――――――っ!?」

 直後、この世の終わりみたいな顔を浮かべた。

「き、君、一体なにやってるのっ! そんなの飲んだら死んじゃうよっ!? じ、自殺なんか考えちゃダメだよっ!!」

「おぬしこそ何をしてくれるんじゃ!? 突然、ノックもせずに踏み込んできて、おまけにわ、わ、わらわの商売道具を叩き落すとは、一体どういう了見じゃ――!?」

 そこでボクたちは、同時に硬直した。ボクは床に倒れこんだまま、少女はイスから立ち上がったままの姿勢で。

「は……? しょ、商売……道具……?」

「じ、自殺……じゃと……?」


「なにそれぇぇぇ~~~~~…………」

「どういう意味じゃ、それは――――――――っ!!」


 しんとしていた特別教室棟に、安堵で涙交じりになったボクの情けない声と、少女の甲高い怒号が響き渡った。

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