エピローグ『お大事にしてください。 ~ 結往学園薬学部 ~』
「ねえねえ、キミ結往の子だよね?」
「一人でヒマしてるならさぁ~、俺たちに学園案内してよ~」
結往祭、二日目。
今日、通算して二十回目となる台詞を聞きながら、ボクは深い溜息を吐いた。
「ごめんなさい。ボク、忙しいので」
気合いを入れてセットしたのだろう。ぴん、とキレイに跳ねた髪の毛を見ながら、その誘いを一蹴する。
ちょっと前のボクなら考えられないことだけど、断るときはすっぱりと断ってしまった方がいい。逆に、優柔不断な態度が一番いけない。それが、ボクにもようやくわかった。
「え~、すごいヒマそうにしてたじゃん?」
だけど、私服姿の少年たちは、なおも食い下がってくる。
……まあ、こんなところでうろうろしてたら、確かにヒマそうに見えるだろうけど。
今、ボクがいるのは特別教室棟への入口の前だ。今日は、午前中から薬学部での催しに参加する――というか、させられることになっていたのだけど、昨日のことがあって、ボクは先輩と顔を合わせるのが気まずくて、こうしてうろうろしていたわけだ。
これもまた、ボクの優柔不断な行動が招いた結果だった。
(本当に男らしくなるには、まだ時間がかかりそうだなぁ……)
ラジオDJのように耳元で喋りまくる少年たちの声を聞きながら、ボクはもう一度溜息を吐いた。
「お、いたいた」
そのとき、視界の隅で何かが動いた。
顔をあげると、そこにはあの爽やかな笑顔があって、
「ごっめーん! 珠希ちゃん、待った? さ、いこいこ」
「え、ひぁ――っ!?」
突然、ボクの前に現れた川北先輩は、呼吸するように自然な態度でボクの肩を抱き、歩き始めた。
「ちょ、川北先輩っ」
ひそひそ声で話しながら、先輩を睨みつける。すると、先輩は片目を瞑って口の前で人差し指を立てた。
「いいからいいから、ほら」
そして、こっそりと背後を指差す。釣られて、その方向を目で追うと、先ほどの少年たちが「ちっ、彼氏持ちかよ」などと吐き捨てながら去っていくところだった。
やがて彼らが完全に見えなくなったのを確認してから、ボクは先輩の手を払い除けて、大きく距離を取った。
「……ありがとうございます。でも、もう二度とこんな真似しないでください」
「うわ、怖っ。ごめんごめん、なんだか見てられなくなっちゃって、つい」
つい、で肩を抱くとかどんだけなんだこの人。
「それより、なんでまだこんなところにいるの? もう、薬学部の出し物始まってるっしょ? さっき、ちょっと見に行ったら、あの二葉とかいう子、客に向かって怒鳴り散らしてたぜ?」
「ああもう……あの人は……」
思わず、手で顔を覆う。
というか、やっぱり来たんですね、川北先輩。
「それが、まあちょっと色々あって」
言うと、昨日のこと絡みだと気付いたのだろう。川北先輩は「そっか」と呟いて、複雑な表情で笑った。
「大体、先輩はボクのことなんか言えないでしょう? どうして、こんなところにいるんですか。ボクなんかに構っている暇があるなら、笹垣さんのところに行ってあげてください。たぶん、鈴波さんの病室にいるでしょうから」
「それは……」
川北先輩は何かを言いかけて言葉を切り、ぼりぼりと頭をかいた。
だから、ボクはある程度の確信をもって、その言葉を告げた。
「素直になってください。――先輩が本当に好きなのは、笹垣さんなんでしょう?」
手を頭にやったまま、先輩が目を見張る。
「ごめんなさい……なんとなく、わかっちゃいました」
一昨日、学園祭の準備中に見た、笹垣さんを見る川北先輩の目。それが何を意味していたのか、ボクはやっと気付いたから。
そこに浮かんでいたのは、間違いなく親愛の情だった。愛しているのに、上手くいかないことを寂しく思うような、そんな憂いがあった。
それは、いつか去っていった父親が、ボクに向けたそれと同じだったから。
「だけど、先輩は笹垣さんが誰を見ているのかも知っていた。だから、彼女を無理やりに忘れようとして、色んな女の子に心を向けようとしていたんですよね?」
そう、だから先輩はあのとき鈴波さんに向かって怒鳴ってしまった。恋敵に、そんなお願いをされることに、耐えられなかったから。
以前、川北先輩がボクにキスを迫ったこと。あんなの、とても誉められたことじゃないけど、あれは先輩が自分の気持ちに対して抗い、もがいた末の行動だったんじゃないかと、今は思う。
「……なんだ、全部お見通しかよ」
言って、先輩は溜息交じりに苦笑を浮かべた。
「先輩は――ううん、三人とも、もう少し素直になるべきです」
校舎の奥から、賑やかな声が響いてくる。
そうして数秒が経過したとき、川北先輩がおもむろに両手をあげた。
「参った。わかった、降参だよ」
そのまま、くるりとボクに背を向ける。
「あーあ、珠希ちゃんのナース服姿見たかったなぁ。でも、珠希ちゃんにそこまで言われたら、さすがに行くしかねえよなぁ……」
そんなことを言いながらも、動き始めた川北先輩の足は、今までで一番軽そうに見えた。
「おっと。だけど、珠希ちゃん。君も一つ、間違ってるぜ」
かと思えば、いきなり足を止め、ボクを振り返る。
「え? 間違ってるって……?」
「俺、実はちょっと本気で珠希ちゃんに惹かれてたんだよね」
そして、先輩はまた片目を瞑って、今度こそ本当に去っていった。
「はぁ……もう、あんまり驚かせないで欲しいなぁ」
華やかに飾り付けられた特別教室棟の廊下を歩きながら、さっきの川北先輩の姿を思い出して、一人呟く。
不覚にも、少しどきりとしてしまった自分がすごい嫌だった。
「……まあ、なんとか無事に終わってよかった、かな」
昨日――先輩が屋上から去ってしまった後、ボクが屋上で気絶している笹垣さんを放っておけずに戸惑っていると、再び屋上の扉が開き、そこから香波先生が姿を現した。
「終わったみたいですね?」
いつも通りの柔らかな笑顔を浮かべたまま、香波先生は倒れている笹垣さんを抱え上げ「後の処理は私がやっておきますから、大丈夫ですよ」と言った。
「あの、先生……二葉先輩は……」
そうして屋上を後にし、先生と一緒に笹垣さんを先生の車の後部座席に寝かせると、ボクは恐る恐る口を開いた。だけど、先生は「さあ? もう帰ったんじゃないですかね?」と、まるで他人事みたいに首を傾げた。
「とにかく、今日はもう珠希ちゃんも家に帰って休んでください。時間も時間ですし、明日も学園祭があるんですから」
言われて、渋々と校門に向かって歩き出す。先生は「送っていきましょうか?」と言ってくれたが、丁重に断った。ボクはボクで、少し色々と考えながら帰りたかった。
「――二葉のこと、嫌いにならないであげてくださいね」
その途中、背後からそんな呟きが聞こえてきて振り返る。でも、先生はすでに車に乗り込み、エンジンを始動させていたため、ボクは何も言えずに踵を返した。
「珠ちゃん」
そして、校門にたどり着くと、そこに彼女が立っていた。
「柚乃、ちゃん……」
柚乃ちゃんは冷え切ったボクの手を取って、無言でボクを見上げてくる。やがて、そのままボクらは互いを温め合うように、その手をぎゅっと握りしめながら歩き出した。
乾いた靴音が、薄暗い住宅街の中に吸い込まれていく。
「……ごめん」
俯きながら呟くと、ボクの隣で動いていた足がぴたりと止まる。
それにボクも立ち止まって顔を上げると、柚乃ちゃんは何かを堪えるように唇を噛んで足元を見ていた。
「なんで……なんで珠ちゃんは、そうやって一人で全部抱え込むの? なんであたしのこと、頼ってくれないの?」
「それは……」
言葉に詰まる。
柚乃ちゃんの気持ちは嬉しい。それはもう、女の子になったことをちょっとだけ喜んでしまうくらい。でも、どうしたって、ボクは柚乃ちゃんに嘘をつき続けなければならないのだ。
――ボクが、女の子の姿をしている限り。
俯いて言葉を続けられずにいるボクに、柚乃ちゃんは顔を上げ、湿った瞳を月光できらめかせながら口を開く。
「あたしは、珠ちゃんに頼ってほしい。困ったこととか、辛いこととか、悩んでることとかがあるなら、なんでも話してほしい。どんなことでも、あたしは受け入れるから」
「……柚乃ちゃん」
体の芯から、じんわりと熱が生まれる。
だけど――だからこそ、ボクは柚乃ちゃんに話せない。そのことで、彼女を傷付けてしまうだろうことは、容易に想像できたから。
何も言わないボクをただ黙って見つめていた柚乃ちゃんは、ほどなくしてぽつぽつと昔のことを語り始めた。
「あたしね……中学校の頃あんなことがあって、本当に男の人が嫌になって、あるとき励ましてくれた友達の女の子を好きになっちゃったの……。でも、そんなの言えなくて、ずっと心の中に仕舞ってた。だけど、一緒に帰ってる途中でナンパされたときにね、この前みたいに二人で逃げたんだけど……そのとき、その子が『あんな男だったら女の子の方がいい』って言ったの。本人は冗談のつもりだったみたいなんだけど……あたし、それ聞いて舞い上がっちゃって……」
そこで、柚乃ちゃんはすん、と鼻を鳴らした。
「それで……勢いで前から好きだったって言っちゃって……そしたら、その子びっくりしちゃったみたいで、逃げていっちゃったの。それで、それ以来あたし、避けられるようになって……」
涙の滲んだ目を拭いながら「えへへっ……ほら、あたしバカだから」と、それでも笑ってみせてくれた。
まただ。
ボクは、また柚乃ちゃんにこんな顔をさせてしまっている。
「……あの」
そう思ったボクは、これ以上柚乃ちゃんと一緒にいない方がいいんじゃないかと、切り出そうとした。
そのとき。
「だからね、あのとき珠ちゃんがちょっとくらい人と違ったって、あたしのこと好きだって言ってくれて――すごく、嬉しかった。ああ、この人はこんな自分のことを、こんなにも大事に思ってくれてるんだ……って」
胸が、ずきりと痛む。
それは、深い闇に落ちそうになった柚乃ちゃんの心を救い出す言葉であると同時に、ボクを慕ってくれた柚乃ちゃんを欺き――裏切る言葉だから。
ボクは地面に目を落とす。柚乃ちゃんの真直ぐな心に、応えられないから。
それでも、柚乃ちゃんは染み入るように柔らかい声で続ける。
「……わかってるよ。珠ちゃんが言ったのは、友達としてって意味なのは。でもね、それでもやっぱり嬉しかったの。……こんなあたしでも受け入れてくれる人がいるんだ、って」
「柚乃ちゃん……」
柚乃ちゃんの話を聞きながら、ボクはいつか先輩が言った言葉を思い出していた。
――毒も使い様によっては薬になるものもある。すべては可能性じゃ。
そして、それは自分自身にも言えることだということに、気が付いた。
ボクは確かに性別は男だけど、仕方なく女の子の姿をして、みんなを――柚乃ちゃんを欺いている。
でも、ボクがこんな風になったのには、もしかしたら何か理由があるんじゃないかって。そして、そのことで救われる人だっているんじゃないか――って。
「――ごめん」
そう、思った。
「黙ってて、ごめん。心配かけて、ごめん。でも、あのとき言った言葉は、絶対に嘘なんかじゃないから――」
手が、声が、寒さに負けたように震える。
その手を、ほのかな温もりが優しく締めつけた。
「ううん、いいの。……でも、これからはそういうの、ナシにしよ?」
顔を上げると、どこまでも優しい笑みを崩さない柚乃ちゃんの顔があって。
「どうしても言えないことはあるかもしれないし、あたしにだってそういうときはあると思う。でも、あたしのことを思って黙ってくれてるのなら、それは間違いだよ。あたしは、いつだって珠ちゃんの力になりたいと思ってるんだから」
ね、と確認するように小さく首を傾げる。
だから、ボクは一度目を閉じて小さく深呼吸すると、真直ぐに柚乃ちゃんの目を見て、微笑んだ。
「……うん、わかった」
いつかは、柚乃ちゃんにもボクの秘密がバレるときがくると思う。
でも、もしもそのときに柚乃ちゃんがボクを受け入れてくれたら――それは、ボクだけじゃなく、柚乃ちゃんにとっても『薬』になるんじゃないかって。
そんな都合のいいことを、少しだけ夢想した。
『ええい、どいつもこいつも! じゃから、珠希は今不在じゃと言っておるじゃろう!』
そうして、ようやく生物室までやってきたボクを歓迎したのは、二葉先輩の怒鳴り声だった。
入口に『あなたの心と体の悩み、二葉と珠希が解決します♪ 結往学園診療所 by薬学部』と書かれ、立てかけられている看板以外になんの飾り付けもないドアから、何人もの男子生徒が慌てて飛び出してくる。
うん、詐欺だ。
生物室から閉め出された男子たちは、ドアの外で口々に文句を言い、去っていく。それを物陰でやり過ごした後、ボクは意を決して生物室のドアを開いた。
「ええい、しつこい! じゃから、珠希は不在じゃと――」
そして、体のサイズにまったく合っていない白衣に身を包んだ二葉先輩が振り返って、そのまま言葉を失くした。
「……すみません、遅くなりました」
口をぽかんと開けたまま固まっている先輩を無視して、ドアを後ろ手に閉めると中に入っていく。
「珠……?」
「なに客を追い出してるんですか、先輩。あんなことしたら、お客さん来なくなっちゃいますよ?」
広々とした生物室の中は、いつの間に運びこんだのか、白いパーティションで区切られ、診察室を模した小部屋が教室の隅に出来ていた。
「それで、先輩。ボクの衣装はどこですか?」
防火板の黒い机に鞄を置いて、先輩に問い掛ける。
「あ、ああ……おぬしのナース服は、そっちの部屋に置いてあるが……」
すると、先輩は目を何度か瞬かせ、生物準備室の方を指差した。
「そうですか。じゃ、ちょっと着替えてきますから。その間にお客さん来たら、ちゃんと対応してくださいよ? もう、あんな風に追い返したらダメですからね」
言って、早速準備室に入ろうとドアを開けると、後ろから先輩の慌てたような声が飛んできた。
「ちょ、ちょっと待たんか! な、なぜおぬしがここにおる!」
「は? 何って、先輩が命令したんじゃないですか。ボクにナースのコスプレして診療所に出ろって。忘れたとは言わせませんよ。言っておきますけど、ボクは死ぬほど嫌なんですからね」
ボクの声に、先輩は「ぐ……っ」と言葉を詰まらせ、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
「そ、そうではなくてだな……そ、その……おぬし、わらわの本性を見て怖くなったのではないのか……? わ、わらわは蜘蛛なんじゃぞ……?」
それに、今度はボクの方が面食らう。正直、そんなにおどおどとしている先輩を見るのは初めてだったから。
だから、ボクはくすりと笑って、先輩に言った。
「まさか。あのときは、ちょっと驚いて動けなかっただけです。それに、先輩が怖いのなんて出会ったときから知ってますよ」
それを聞いて先輩は一瞬目を丸くさせた後「ふ、ふんっ。わかっとるではないか」と腕を組み、僅かに頬を紅潮させながらそっぽを向いた。
ボクはといえば、それがなんだかとても微笑ましくて、先輩にそれを指摘されないうちに着替えてしまおうと準備室に足を踏み入れる。
「ああ、珠希。ちょっと待て」
その背中に、先輩の声が掛かった。
「はい?」
「おぬしから頼まれていたものじゃが……すまぬ、まだ出来てはおらんのじゃ。その、おぬしのようなケースはわらわも初めてなものじゃから、薬の調合がようわからんでの」
振り返ると、先輩はばつの悪そうな表情を浮かべて、目を逸らしていた。
「……いいですよ、待ちますから」
先輩がボクに視線を合わせる。
その瞳には、申し訳なさそうな思いが色濃く浮き出ていた。
「そんな顔しなくてもいいですよ。ちゃんと治す方法は、ボクの方でも調べますから。最悪、お金がかかっても手術をすれば治るわけですし」
それに、今はこうして女の子でいることも決して無駄じゃないって、わかったから。
世界は毒で満ちていて――だけど、同じくらいの薬で満ちていて。
そうして、世界は動いている。
ボクの前からいなくなった父親も、ボクのことを思って協力してくれている母親や柑奈も、昨日の帰り道で手を握ってくれた柚乃ちゃんも、ボクたちを温かく見守っていてくれる香波先生も、何かとボクを気にかけてくれる円ちゃんや宮帆ちゃんも、今頃は病室で互いを許し合っているだろう笹垣さんと鈴波さんも、先生も生徒も、大人も子供も――みんな、そんな世界で生きている。
それは、きっと妖怪である二葉先輩も同じで。
「――もう、大丈夫です。先輩から大切なこと、教わりましたから」
ボクはもう自分の人生に絶望したりしない。
どんなことになろうとも、今の自分を、ちゃんと受け止める。
それが、ボクがこの毒から導き出した薬。
ボクの言葉に「……そうか」とだけ言った先輩は、だけどほんの少し微笑んでいたように思う。
それで十分だ。
こんな状態でだって、ボクはそこにあった『幸せ』に気付けたから。
「ああ、それと」
と、そこでもう一つ言うべきことがあったのを思い出して、再び振り向く。
「――先輩は、毒なんかじゃないですよ」
先輩が、ボクを見たまま硬直する。
――わらわは存在自体が『毒』なんじゃ。
あのときの先輩の顔。
笹垣さんに脅しをかけるように言ったんだろうけど、ボクには先輩が自嘲しているみたいに見えたから。人とは違うのだと、誰とも親しくなんてなれないのだと――そう言って、泣いているように見えたから。
それだけは、否定したかったんだ。
「珠希――」
そして、先輩が何かを口にしようとしたとき。
「やっほー、珠ちゃん遊びに来たよっ」
「おー、ここか。タマの胸を存分に揉ませてくれるってのは」
「円ちゃ~ん? ここはそういうお店じゃないんだよ~?」
がらりとドアが開かれ、柚乃ちゃん、円ちゃん、宮帆ちゃんの三人が顔を出した。
「あ、三人ともいらっしゃい。ごめんね、ボクも今来たばっかりで。すぐ着替えてくるから」
三人に笑顔を向け、先輩を振り返る。
「ほら、先輩ぼーっとしてないで。お客さんですよ? 今度は、ちゃんとした対応をお願いしますね」
「ま、待てっ。い、今のはどういう意味じゃっ」
林檎みたいに真っ赤になったまま、二葉先輩が八重歯を覗かせながら言う。
「え? だって」
準備室のドアに手をかけたまま、ボクは首だけを振り向かせて微笑んだ。
「――蜘蛛って、益虫ですよ?」




