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綺麗な百合には毒がある?  作者: こんのこん
第四章『薬頼りにせず、治す気持ちを忘れないでください。』
19/26

4-1

「ん…………」

 何をするでもなく、ベッドの上で寝転がる。柑奈が勝手に持ってきては置いていく、机やベッドの脇に転がったぬいぐるみを眺めながら、ボクは溜息を吐いた。

 しん、と静まり返った家の中。ボクは一人、世界に取り残されてしまったような感覚に襲われながら、白い天井を眺めた。

 母親はもちろん、今は柑奈も学校に行ってしまって、家には誰もいない。

「……はは」

 自嘲が漏れる。

 なんのことはない。また昔に戻っただけだ。

「柚乃ちゃんたち……どうしてるかな……」

 ベッドの中から濁った空を眺めながら、そんなことを考える。

 あの日――ボクの衣装がズタズタにされた日から、五日が経っていた。学園祭は、もう明後日に迫っている。

 だけど、ボクは学園にも行かず、ずっと部屋に引きこもっていた。

 だって、耐えられなかったから。

 ボクだけがイジメられるのなら、別にいい。そんなのはいくらでも耐えられるし、秘密がバレなければ問題はない。でも、あの脅迫は痛かった。あんな風にみんなを巻き込まれたら、ボクは役を下りて、こうして引きこもる以外に道はなかった。

 もう、自分のせいで何かが壊れるのを見るのはたくさんだったから。

「はぁ……」

 柚乃ちゃんたちには、ロミオ役を下りる旨を書いたメールを送った。それと、大変だろうけど代役を用意してもらうように。あと、おそらくボクがロミオ役をしなければ、劇を中止しなくても大丈夫だという文章を添えて。

「しょうがないよ、他に方法なんてなかったんだから……」

 頭から布団を被る。

 再び引きこもってしまったボクを見ても、お母さんと柑奈は、何も聞いてこようとはしなかった。それどころか、いつもと同じように接してくれて、ボクはその温もりに身を委ねてしまった。

「柑奈、お母さん……ごめん」

 布団から顔を出して、仰向けに寝転がる。

 メールを送ったときから、携帯の電源はずっと切っていた。柚乃ちゃんたちから何かのアクションがあっただろうことは容易に想像できたけど、今はそれにも応えられない。柚乃ちゃんは、あれから毎日家を訪ねてきてくれたけど、ボクは柑奈に「今は誰とも会いたくない」と言って、帰ってもらっていた。

「ごめん……でも、無理だよ……」

 理由を訊けば、まず間違いなくあの三人は犯人を見つけるために動いてくれる。でも、それで彼女たちを危険な目に遭わせるかもしれない。

 おそらく、脅迫状を送ってきた人物は本気だ。どうしてなのかはわからないけど、本当にボクを学園から追い出そうとしている。それも、並々ならぬ決意で。だとすれば、それにみんなを巻き込むわけにはいかなかった。

「は……もうやめよ。今更、こんなこと考えたってしょうがないし」

 呟いて、ボクは枕元に置いてあった文庫本を手に取った。

 本のタイトルは『ロミオとジュリエット』――あの日の帰りに、どうせ家にいてもヒマだろうと思って買ってきたのだ。

 大まかなあらすじはこうだ。

 ヴェローナという都に、モンタギュー家とキャピュレット家という犬猿の仲である名家があった。主人公のロミオはロザラインという女性に恋をしていたが、ある夜にキャピュレット家が開催する仮面舞踏会に、友人のベンヴォーリオとマキューシオと忍び込む。そして、そこで踊っていたジュリエットを見て、真実の恋に落ちるのだ。

 だが、ジュリエットはキャピュレットの一人娘であり、ロミオはモンタギュー家の息子――そのことを知った二人は、結ばれない運命を嘆く。その場面が、ロミオとジュリエットの代表的な、あのバルコニーの場面だ。

 その後、ロミオとジュリエットは、ジュリエットの乳母や修道士ロレンスの協力を得て永遠の愛を誓い合う。しかし、街ではマキューシオがジュリエットの従兄弟であるティボルトの手によって殺されてしまう。

 怒りに駆られたロミオは、ティボルトを殺め、ヴェローナからの追放を命じられる。そのことを聞いて嘆くジュリエットに、ロレンスは仮死の毒を与え、霊廟(れいびょう)に埋葬されて目覚めた後、報せを受けたロミオと駆け落ちするという策を提案する――。

 そこまで読んだところで、目が疲れたボクは本を閉じた。

「なるほどね。確かに、これはこのままじゃ劇には使えないよね」

 前に鈴波さんが言っていたように、とにかく登場人物の台詞が下品だったことに驚いた。これを、学園祭の劇用に台本を作り直した鈴波さんは、かなり大変だっただろう。

「それにしても……」

 本文中に、気になる言葉が出てきた。

 バルコニーの後のシーン。ロミオがロレンスの元に、自分たちを結婚させて欲しいと頼みに来る場面だ。

 その最初のシーンで、ロレンスはこんな台詞を口にする。


『善いものも、間違って使えば悪となり、悪いものも、正しく使えば善となる。

 このか弱き花の(つぼみ)には、薬もあれば毒もある。

 嗅げば、香りは五体を満たすが、舐めれば、五感は萎え、心臓は止まる。

 相反する陰と陽。それは草のみならず人にもある。よき心といやしき心だ。

 悪いほうが強まれば、死という毒虫で、花の命も枯れ果てる。      』


 それは、どこかで聞いた言葉。

 だけど時間の余裕がなかったのか、鈴波さんの作ってくれた台本では、この台詞はカットされていた。勿体無いとは思うけど、なにせ普通にやったら三時間もかかるものを、無理やりに三十分で終わらせようというのだから仕方ない。


 ――そう、すべては可能性じゃ。


 先輩の声が脳裏に響く。

 きっと、先輩がロミオとジュリエットがボクにぴったりだと言ったのは、そのことなんだろう。それに、最後はロミオも毒を飲んで死んでしまうし。

「でも、失礼な話だよね。確かにボクは毒持ちかもしれないけど、死んでなんか――」

 そんな風に呟いた瞬間、静かな家の中にチャイムの音が鳴り響いた。

 どうせ、宅配便か何かだろうと思って無視していると、チャイムの間隔がだんだんと短くなり、仕舞いにはピンポンのピの音しか聞こえなくなった。

「ああもうっ、こんなときに誰っ!?」

 たまらず身体を起こし、窓の外を覗く。

「せ――――――」

 そこには、薄暗い空の下、黒い傘をまるで剣か刀みたいに携え、人を殺しそうな目でこっちを睨みながら、格闘ゲームのようにチャイムを人差し指で連打している――

「せせせんぱいっ!?」

 二葉先輩の姿があった。

「ど、どどど、どうしよう……!」

 どうしようったって、先輩とばっちり目が合ってしまった。

「で、でもこのまま出て行かなきゃ諦める……よね?」

 自分で言っておいてなんだけど、それだけはないと思う。

 二葉先輩のことだし、ピッキングとかしてでも入ってきそうな気がする。

「あああああああ……」

 部屋の中で右往左往していると、突然チャイムが鳴り止んだ。

「へ?」

 諦めた? まさか、あの二葉先輩が?

 恐る恐る窓から顔を出して下を覗くと、そこには目を閉じて思い切り息を吸い込む先輩の姿があって――


「さ――――っさとここを開けんか、このウジウジ虫がぁ――――――――ッ!!」


 半径五百メートルくらいは聞こえそうなくらいの大声で、窓際にいるボクに向かって叫んだ。

「ひあhふぁjpぉあzきゃ――――っ!?」

 それを聞いたボクは、思いっきり仰け反って後ろに転がり、ベッドの角に頭をぶつけながらも、ばたばたと部屋の外に飛び出して、階段を転げ落ちるように降りながら玄関へと向かい、鍵を開けた。

 その直後、ドアが勢いよく開かれ、背後にゆらゆらと不可視の炎を漂わせながら、先輩が両腕を組んだまま玄関にずかずかと上がりこんできた。

「せ、せせせせんぱいここここれはあのそのちが」

「部活どころか学園にすら来んで、こんなところでうじうじうじうじ何を塞ぎ込んどるんじゃきさまはァ――――ッ!」

「ひぃぃい~~~っ!?」

 もう、泣くしかなかった。


「ったく……おぬしというやつは……ほんっっっっとーに! どこまでも女々しいやつじゃの! もういっそのこと、その股に付いとるもん、取ってしまえばよかろう!」

 ボクの部屋に上がりこんだ先輩は、ビーズクッションの上にあぐらをかいて、両腕を組みながらふんぞり返っていた。

 というか……その格好、見えそうなんでやめてください……。

「だから、ボクは女の子になりたいんじゃなくて、男の子に戻りた」

「じゃったら、しゃっきりせいと何度も言っておるじゃろうがっ!」

 ボクの言葉を最後まで聞かずに、二葉先輩は蒸気機関車のように鼻息を荒げ、八重歯を覗かせながら怒鳴り散らす。

 ああ、だめだ。本気で怒ってる。

 その二葉先輩は、こめかみに青筋を立てながら部屋をぐるりと見回し、再びボクのところで視線を止めた。

「しかも……なんじゃ、この部屋はっ。ぬいぐるみに、紅白の洋服箪笥……桃色のカーテンに、極めつけははーと柄のふっ、ふりふりぱじゃまじゃとっ!? どこからどう見ても、女子(おなご)の部屋ではないかっ! おぬし、本当は楽しんでおるんじゃなかろうなっ!?」

「しょ、しょうがないじゃないですか……。妹がボクに内緒で買ってきては、めちゃくちゃ嬉しそうな顔して持ってくるんですよ? あんな顔見せられたら、断ったりできないですよ……」

「そこは断ってもよいじゃろ!?」

 先輩はまだぶつぶつと文句を垂れ流しながら「ええいっ、こんなやつがわらわの下僕じゃとは……なんと嘆かわしい!」なんてことを呟いた。

 ……こっちは好きで下僕やってるわけじゃないのに。

「あァ? なんか言うたか?」

「い、いい言ってません!」

 こ、怖っ、怖すぎる……っ! 先輩って、どっからそんな迫力出してるんだ!?

 二葉先輩は、そんなボクの態度に呆れ果てたのか、ひと際長く、重い溜息を吐いてみせた。

「……ったく、もうええわい。今回のことは、次からの部活できっちり清算してもらうからの。覚悟しとくんじゃな」

 ぎゃーっ! ここにまた一つ学園に行きたくない理由がーっ!

「それで、一体どうしたというんじゃ。あんまりにも顔を出さんもんじゃから、さすがのわらわも堪忍袋の緒が切れて、思わず来てしもうたわ」

「あ……そういえば、まだ学園……」

 時計を見ると、時間はまだ正午を一時間ほど回ったくらいだった。もちろん、今日は午前授業なんかじゃない。

「ふんっ、わらわはおぬしなんぞと違い成績優秀じゃからの。ちょっとくらい授業をサボったところでなんにも言われたりせんわい」

「あ……」心配、してくれたんだ。

 途端、胸にじんわりと温かいものが流れ込んできた。

 そんなボクを見て、先輩は頬を紅潮させると、ぷいと顔を背ける。

「か、勘違いするでないわっ! わ、わらわは単に使い走れるやつがおらんで、不便しておっただけじゃわい!」

 それに思わずくすりとしてしまい、思いっきり頭を殴られた。

「……殴ることないのに」

「う、うるさいっ! で、なんじゃっ。理由を言うてみぃっ」

 少し紅潮した顔をそのままに、先輩は唇を尖らせて訊いてくる。

「でも……」

「もう一発いるか?」

「い、いりませんっ!」

 ボクは両手で頭をガードしながら、浮き上がりかけた二葉先輩のお尻がクッションに沈むのを確認すると、やがて溜息交じりに事情を説明した。

「ふん、なんじゃ。何事かと思うたら、そんなことか。くだらん、そんなもの犯人を見つけてぶちのめせばいいだけじゃろうが」

「軽く言わないでくださいよ……」

 先輩にとっては鼻で笑い飛ばせることだとしても、ボクにとってはそんな簡単なものじゃないんだ。

「なんじゃ、何か言いたそうな口ぶりじゃの」

 先輩はボクに向き直り、足の裏同士を合わせると、その上に手を置いた。

「ふん、大方過去に何かあったんじゃろう?」

「っ……」

 唐突に、心臓が大きく跳ねる。

「どうした、言うてみい」

「ぁ……ぅ……」

 何か言葉を発しようとしても、唇が震えてうまく喋れない。それに呼応するかのように、手足まで痙攣でも起こしたみたいに小刻みに震えだす。

 二葉先輩は、そんなボクから目を逸らさず、じっと見つめてくる。

「は……、っぁ……」

 呼吸がうまく出来なくなり、息苦しさに胸の中心を鷲掴む。そうして唇をきゅっと噛みしめると、ボクはそのまま俯いてしまった。

 膝の上で握り締めた左手はじっとりと汗をかいていて、気持ち悪さが喉元まで込み上げてくる。

(だ、め……やめて……。嫌だ、嫌だ嫌だいやだ――!)

 やがて薄っすらとボクの目に涙が滲み始めたとき、ふっとボクの手に温かいものが覆い被さってきた。

「せん、ぱい……?」

 驚いて目を開けると、そこにはボクの手より一回りも小さく白い手が重なっていた。

「落ち着かんか。ここは安全じゃ。おぬしのことを害するものは何もない」

「――――っ」

 止まっていた息を吐き出すと同時に、ぽろりと目蓋に溜まっていた雫が落ちる。

 そして、ボクは唇をまた強く噛みしめるとパジャマの袖でそれを拭い、一つ深呼吸をして先輩の目を見た。

「……すみません、大丈夫です。話します」

 先輩は、それ以上何も言わず、ただ静かにボクの手を握っていてくれた。


「ボク……小学生の頃、この胸のことでいじめられてたんです」

 ポツポツと降り始めた雨が窓を叩く音を聞きながら、ボクは小学校であったことを先輩に語り始めた。

 あの頃、ボクはまだ女性化乳房症なんて言葉を知らなくて、ただ少し胸にしこりがあって痛いな、と思うだけで、危機感なんて全然感じてもいなかった。

 だから、そのままあまり気にしないように過ごすようになってから一ヶ月くらい経ったある日、ボクは体育の着替えをしているときに、クラスメイトから胸が膨らんでいることを指摘され、初めて自分自身の変化に気が付いた。


『うわ、うわ! こいつおっぱい膨らんでるぜ!』

『おまえ名前が女っぽいと思ったら、本当に女だったのかよっ! あははっ!』

『やだ……っ! きもちわるいから、こっちこないでよっ!』


 昨日まで、自分と同じように笑顔で会話していたクラスメイトたちが、たったそれだけのことで態度を一変させた。

 ある子はからかい、ある子は気味悪がり、ある子はあからさまな嫌悪を向けてきた。

 いつしか机や教科書には悪質な落書きが増えていき、体育着をクラスの女子のものとすり返られたり、それを持ち主の子に返そうとすれば、あんたが触ったのなんて着たくないとゴミ箱に捨てられたりした。

 そして――放課後に呼び出されて行った体育用具室で、男子によってたかって胸をまさぐられ、服を脱がされ、携帯で写真まで撮られたこともあった。

「ボクっ……もうそんなのに耐えられなくて……っ、それで……登校拒否に……なったんです……」

 両親までそのことで動揺し、不安を隠すようにケンカばかりするようになり、やがては離婚してしまった。

「ボクの……ボクのせいで……っ」

 悔しくて苦しくて、嗚咽が噛み殺しきれなくなる。

 ボクがこんな身体にならなければ――ボクがちゃんとした男の子だったら、きっと今でも家族みんなで過ごせていた。四人で食卓を囲んで、今日の学園では何があったとか、最近は何が流行りなんだとか、たまには家族で出かけようなんて――そんな風に笑って話していたはずだった。

 だけど、その光景が現実となることは、二度とない。


 ――ボクが、家族を壊したんだ。


「……っく、……」

 それでも妹の柑奈だけは態度を変えたりしなかったけど、あの頃のボクは見るもの全てが自分を侵す毒に見えて。

 信じられるものなんて、何一つなくて。

「だか、らっ……ボク……っ、このまま、見えない毒に怯えてっ、生きてるくらいならって……思って……っ」

 自ら、毒を飲んだ。

「昼間……っく、……だれもいないときにっ、うちに、置いてあった胃薬をっ……!」

 開封済みのものと、予備に置かれていた未開封のものを全て開け、一息に飲み下した。十五歳以下が飲んではいけないものだというのは知っていたけど、むしろそのときのボクにとっては願ったり叶ったりだった。

 それが、あのとき先輩が見せてくれた資料に書かれていた薬だ。

「病院で目が覚めたときっ、かんな、すごく泣いてて……っ、ほんとにボクのこと、心配して……くれてたのにっ……! なのに……ボク、自分のことばっかりで……っ!」

 そのとき、ふわりと身体が何かに引き寄せられ、

「……わかった。もうよい」

「っ……ぁ…………」

 気付けば、ボクは自分より一回りも小さい身体に抱きしめられていた。

「せん……ぱ……」

 二葉先輩はもう何も言わず、子供を寝かしつけるみたいに背中を優しく叩いてくる。

 その仕草で、ボクの止まっていた呼吸は動き出し、

「せんぱいっ……せんぱ……っあ……うぁ、あ、あああああああ――――――っ!」

 抑えきれなくなった感情が暴発した。

 そうしてボクが泣き止むまで、二葉先輩はずっとボクを抱きしめてくれていた。

「……落ち着いたか?」

「……っひ、……」

 やがて先輩が身体を離し、ボクはティッシュで涙と鼻水を拭きながらこくんと頷く。

「まったく……手間のかかる下僕じゃの」

 呆れたように言いながら、だけど先輩は微笑みを浮かべていた。

「じゃが……」

 しかし、急にそれも表情の裏に隠してしまい、何かを考えるように鋭い視線を壁へと向けた。

「おぬし、いつまでもこうしているわけにはいかんぞ」

「ぇ……?」

 鼻をすすりながら顔を上げると、真剣な眼差しをした先輩と目が合った。

「珠希。おぬし、さっき『毒』じゃと言ったな」

「は、はい……」

 言うと、先輩は「ふむ」と顎に手をあて、程なくしてからおもむろに立ち上がると、鞄を手に部屋を出て行こうとする。

「せ、先輩……? あの」

「ひとまずは明日、学園に来てみろ。それから自分の目で見て、どうするべきかを考えるんじゃな」

 声をかけると、先輩はドアの前で立ち止まり、そんなことを言ってきた。

「え……で、でもそれは」

「何も堂々と授業を受けろと言っとるわけじゃないわい。他にもやりようがあるじゃろ」

「それは……そう、ですけど……」

「……毒はな、吸い出そうとした人間が感染することもあるんじゃぞ」

「え? 先輩、それってどういう――」

 言いかけたときには、先輩はドアを開け、そのまま部屋を出て行ってしまった。

 ボクは、一人部屋に取り残されて、階段を下りる先輩の軽い足音が聞きながら、その言葉の意味を考えていた。

(毒が……感染する……?)

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