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綺麗な百合には毒がある?  作者: こんのこん
第三章『秘密は必ずお守りください。』
13/26

3-1

 それから瞬く間に数日が過ぎ、ボクは昼休みや放課後は劇の練習に明け暮れ、練習のない日は薬学部に通うという、まるで二重生活のような慌ただしい日々を送っていた。

 さすがにクラスでやる劇は、練習を休むと全員に迷惑がかかってしまうので、なんとか先輩に事情を説明して許しをもらうことができた。……まあ、先輩は最後まで渋い顔をしていたけど。

 でも、劇で何をやるのかを聞かれて答えた途端、先輩はボクを見つめたまま肩だけを震わせて不気味に笑い、

「ロミオとジュリエットとは……またベタなのを選んだのぅ。しかし、確かにおぬしにはピッタリじゃな」

 なんてことを言ってきた。

 選んだのはボクじゃなくて、クラスの多数決で決まったんだけど……先輩には、そんなことなど関係ないらしい。

 だけど、ボクは正直先輩からの許可が出て、ほっとしていた。というのも、ボクは薬学部に顔を出すたび、二葉先輩の理不尽な命令(使い走りやマッサージとかはまだいいけど、職員室からテレビを盗んでこいとか、先輩の胸を大きくしろなんてことを言われても、そんなのボクに出来るわけがない。特に後者)に振り回されていたのだから。

 それだけじゃなく、学園祭で着るナース服を買うために、上着を全部脱がされて採寸まで取られた。そのときの二葉先輩の満ち足りた顔と言ったらもう――思い出しただけで怖気が立つ。もしかして、毒を飲みすぎたせいで脳が腐ってたりするんじゃないか。

 ともかく、先輩の態度は日を追うごとにひどくなり、ボクは逆にそんな先輩の理不尽さにも段々と慣れていっている自分に気付き、家に帰って一人、自室のベッドの上で頭を抱えて悶えていた。

 だけど、実はそれよりも頭を悩ませる事態が、目下ボクの身の回りで起こっていた。

 それは――

「たーまちゃんっ」

 授業の間の休み時間で。

「ゆ、柚乃ちゃん……」

「ねねっ、どこ行くのどこ行くのっ?」

「どこって、お手洗いだけど……」

「あ、じゃあ、あたしも行くーっ」

 授業で教室を移動するときに。

「珠ちゃんっ、一緒に行こっ!」

「え? あ、う、うん……」

「えへへ。あたし、珠ちゃんの隣に座るからねっ」

 練習のない日の昼休み。

「珠ちゃん珠ちゃんっ、お昼、一緒に屋上で食べよっ」

「こ、この時期にっ? さ、寒くない?」

「だからいいんだよっ。二人っきりだよ? ねっ?」

 こんな調子で、あれから柚乃ちゃんにどんな心境の変化があったのかはわからないけど、何をするにもボクの周りを付いて回るようになった。

 携帯の番号やメールアドレスも交換して、夜は必ずメールか電話が来るようになった。

 それ自体はボクも嫌じゃない。嫌どころか、はっきり言って飛び上がって小躍りしてしまいそうなくらいだ。

 でも、本当にこれでいいんだろうかという気持ちが、常にボクの胸のあたりをもやもやとさせているのも、また事実だった。

「はぁ……」

 そうして、柚乃ちゃんが提出物を出し忘れていたことで、職員室に呼び出されているとき(さすがにこれは一人で行ったみたいだ)、ボクは柚乃ちゃんと一緒にいることで氷漬けされたみたいにカチカチになっていた筋肉を緩め、机にべったりと突っ伏した。

 普段なら、人の目を気にしてあまりこういうことはしないけど、今のボクはそんなのを気にしている余裕もなかった。

「おい、タマ。大丈夫か?」

「わ~、なんかすっごくお疲れだね~」

 すると、柚乃ちゃんがいることであんまり近付いてこなかった円ちゃんと宮帆ちゃんが、苦笑を携えてやってきた。

「うぅ……そんなことない……」

「嘘付け。だったら、机に向かって喋ってないで、ちゃんと顔上げろよ」

「……はーい」

 言われて、いつもより重い(気がする)頭を、ゆっくりと持ち上げる。

 ちなみに『近付いてこなかった』というのは、ちょっと語弊ごへいがあるかもしれない。この二人は別に柚乃ちゃんが嫌いとか苦手とか、そういうわけじゃない。劇の合間にだって普通に会話しているのを見ているし、たぶんボクたちに気を遣っていたんだと思う。

「で~? 何があったのかな?」

 聴いてるだけで眠くなるような声で、宮帆ちゃんが訊ねてくる。

「えっと、何って……何?」

「だから~」

 と言いながら、宮帆ちゃんは空席になっている柚乃ちゃんの机に目を移す。

「おまえら、最近妙~に仲いいよな。何? 何があったわけ?」

 ずい、と円ちゃんが息がかかりそうなくらい近くに顔を持ってくる。こんな風に顔を近づけられたら、ボクは思いっきりテンパることは確実なんだけど、なぜか円ちゃんに対してだけは今までも動揺することはなかった。

 なんだろう、円ちゃんて全体的に少年ぽいイメージがあるからかな。マキューシオ役なんて、まさにハマリ役だと思うし。そういえばボクが一番話しやすいのって、円ちゃんだったりする。実は、宮帆ちゃんと話すときでも、たまに緊張するんだよね。

 円ちゃんは、なんというか、そういった云う所の『異性』に対するドキドキみたいのがない。円ちゃんのそういうところに、ボクは何度も助けられているわけだけど……。

 でも、胸を人前で揉みしだくのだけはやめて欲しい。いくらボクだって、さすがにアレは恥ずかしい。というか、本気で死にたくなる。

「あ、そういえばごめんね。最近、お昼一緒できなくて」

「んなのはいいんだよ。気が向いたら、また一緒に食べればいいだろ? それより、今はおまえらに何があったのか、だ」

 さり気なく混じった優しさに、少し胸が温かくなった。

「えと……別に、何もない……けど」

 だけど、やっぱり柚乃ちゃんのことは話せない。

「え~? 何もないのに、急にあんなに仲良くはならないでしょ~?」

 普段は割りと大人しめの宮帆ちゃんまで、興味津々な視線を向けてくる。……うーん、やっぱり女の子って、こういう人の噂に敏感なのかな。

「んー、まあ強いて言えば……この前、なぐさめてくれたから……かな」

「なぐさめて?」

 宮帆ちゃんが目をぱちくりとさせる。

「あ、いや! それにほら、ボクたちって一応、劇の相方だし!」

 失言だったと慌てて弁解したときには、すでに遅かった。

「あー、あれか。この前、タマが泣いて体育館から出て行ったときか。そういや、おまえらの仲が良くなったのって、あのときからだよな」

「なななな、泣いてないよっ!」

 ああああ! お願いだから、もう思い出させないでください!

「あはは~、そうだったんだ? そういえば、あのとき二人とも午後の授業出てなかったもんね~。あ、でもコモちゃんは途中から戻ってきたっけ」

「あ、いや……ボク、具合悪くなっちゃって保健室で休んでたから……。ていうか、その、あのときは本当にごめん……」

 かぁっと顔が熱くなるのを自覚して、ボクは内股になってスカートの裾を両手でぎゅっと押さえながら机とにらめっこをした。だって、あのときの柚乃ちゃんの感触を忘れられるわけがない。そりゃボクは今、女の子してるけど、一応は思春期の男の子でもあるんだから。

「うぅぅぅ……」

 ああもう最低だ。

 そうこうしているうちに、柚乃ちゃんが教室に戻ってくるとほぼ同時に、始業のチャイムがなり、二人は笑いながら各々の席に戻っていった。

 なんか、柚乃ちゃんのことといい、二葉先輩のことといい、どんどん人に言えないことが増えてるような……。

 時間がなかったからか、柚乃ちゃんはボクに手を振りながら自分の席に向かい、ボクはそれに小さく手を振り返しながら、そんなことを考えていた。


 そして、恐れていたことが起こったのは、そんなある日のことだった。

「じゃ、行こっか。珠ちゃんっ」

「あ、うん。あれ、でも笹垣さんたちは?」

 その日は、ボクと柚乃ちゃん、それに笹垣さんと鈴波さんの四人で買い物をすることになっていた。とはいっても、別に私物の買出しではなく、劇の本番で着る衣装や、その他の必要なものを揃えるためだ。

 しかも、驚くことに衣装を作ってくれるのは、笹垣さんと鈴波さんの二人だ。自分たちは家庭科部に所属しているから――なんて言って、衣装作りを買って出てくれたのだ。本人たちは、自分たちが着る衣装ならなおのこと自分たちで作りたいと言っていたけど、それにしたって結構な手間である。

 さすがにボクたちも、役者としても舞台に出るのに裏方まで引き受けるなんて無理だと言ったのだけど、結局二人はボクと柚乃ちゃん以外の衣装を一ヶ月もかからずに作り終わってしまった。まったく、あの二人はどこまで手際がいいんだろう。

「えっとね、なんか他に買うものがあるか、もう一度チェックしてくるから、校門のところで待ち合わせしようって言ってたよ?」

「……さすが。抜かりないね」

 感嘆の息を漏らしながら立ち上がる。

 だけど、ボクはそこで重大なことに気が付いてしまった。

「うぁ……まずい……」

「ん? どうしたの?」

「先輩に部活休ませてくれって言うの、すっかり忘れてた……」

 手で額を押さえていると、柚乃ちゃんがきょとんとした表情で言った。

「え? 別に今から言いにいけば平気じゃない?」

 たぶん、ものすごく、全然平気じゃない。

「うぅ……嫌だなぁ、言いに行くの……」

「だーいじょぶだって。ほらっ、絢ちゃんと未紗ちゃんが待ってるんだからっ」

「わわっ、ちょ、柚乃ちゃんっ!?」

 ぐいぐいと、そのまま廊下に押し出されてしまう。

「って、絢ちゃん……?」

 その呼び方に、違和感があった。

「柚乃ちゃんって、二人とそんなに親しかったっけ?」

 諦めて柚乃ちゃんと並んで廊下を歩きながら、ふと浮かんだ疑問を訊いてみる。

「うんっ。まあ、あの二人ほど仲がいいってわけじゃないけど」

 えへへ、と笑いながら舌を出す。

「へえ……いつの間に?」

「いつの間にっていうか、えっとね、あたし前に絢ちゃんにちょっと助けてもらったことがあって。それに、あたし二人と中学同じだったもん」

「え? そうなの?」

「うん、そうだよっ。って、あれ? 珠ちゃん、知らなかった?」

 初耳だ。

 というか、柚乃ちゃんが二人のことを呼ぶのも初めて聞いた気がする。

「そっかぁ……。ねえ、あの二人ってやっぱり中学のときから仲良かったの?」

「あー、うん。結構、有名だったよ?」

「有名? あの二人が?」

 目立つという意味では、確かに笹垣さんは人の目を惹くだろうけど、鈴波さんはどちらかと言えば大人しくて控えめだから、二人揃って有名というのは、何か引っ掛かるものがあった。

「うーん、そうなんだよねー。あたしは仲いいなーと思って見てたけど、一時期、ちょっと妙な噂が流れちゃって」

「噂? それって、どういう――」

 そうして、ボクが問い掛けようとしたとき。

「って、先輩?」

 前方から、少し俯き加減で歩いてくる二葉先輩の姿が飛び込んできた。

「む? おお、なんじゃ珠希か」

「なんだ、じゃないですよ。部活じゃなかったんですか? ちょうど、ボクもこれから部室に行こうと思ってたんです」

 休むというのを告げるために、だけど。

 すると、先輩はそんなボクの言葉を気にした様子もなく、

「おお、そのことじゃがな。今日の部活は休みじゃ」

 さらりと、普段ならばありえない言葉を放ってきた。

「え? あの、休みって?」

「ん? ああ、ちょっと用事ができての」

「用事……? って、何ですか?」

「……別に。大したことじゃないわい」

 おかしい。

 何がおかしいって、部活という大義名分を盾に、誰の目も気にすることなくボクをおもちゃのように扱って遊ぶことを学園生活での至福の時間にしている先輩が、よりにもよって大したこともない用事で部活を休みにするなんて、ありえない。

 大体、ボクが部活に少しでも遅刻しようものなら、烈火の如く怒りを撒き散らすはずなのに、ついさっき言ったボクの言葉にも何の反応も示さなかった。

 それによく見てみれば、先輩は心なしか伏し目がちになって、ボクに聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで、小さく溜息を吐いていた。

 ……絶対におかしい。

「あの、先輩。もしかして、何かあっ――――」

「たーまちゃんっ。今日、部活ないの?」

 だけど、ボクの言葉は背後から聞こえてきた柚乃ちゃんの声で遮られてしまった。

「あ……うん。えっと、そうみたい」

「よかったー。これでなんの気兼ねもなくお買い物ができるねっ」

 振り向くと、柚乃ちゃんは両腕で可愛らしくガッツポーズをとっていた。

「……誰じゃ、こやつは?」

 そこに、先輩の疑わしげな視線が飛んでくる。

「あ……ぅ……その、クラスメイトの……古森、柚乃ちゃん……です」

 なんと説明するべきか迷った結果、ボクは普通に柚乃ちゃんを紹介した。まさか、柚乃ちゃんがいる前で、この前話した子ですとは言えないし。

 でも、さすがは二葉先輩というか、ボクの態度で彼女が何者なのかを一発で理解したらしく「ほぅほぅ」と指を顎に当て、八重歯を光らせながら、舐め回すように柚乃ちゃんを眺める。

「あっ、こんにちはーっ。あたし、古森柚乃ですっ。……って、ねえ珠ちゃん、なんで小学生がこんなとこにいるの?」

「だ――れが小学生じゃ!」

 ……うん。やっぱりそう思うよね、普通。

 それに気分を害したのか、先輩は「ええいもうよい! わらわは帰る!」と不貞腐ふてくされて、小さい歩幅を思いっきり大きくしながら去っていく。柚乃ちゃんはというと、本気で訳がわからないらしく、頭にクエスチョンマークを浮かべながら「え、え?」と先輩と生物室とボクを順々に指差しながら、

「ええっ?」

 やがて、二葉先輩がこの学園の生徒だということに気付き、その場から一歩退いた。

 ええと、気持ちはすごくわかります。

 ボクは返事の代わりに苦笑を柚乃ちゃんに向けると、先輩の小さい後姿を見送る。その背中は、どこか寂しそうに見えた。

(先輩ってば、本当どうしたんだろう……)

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