第六話 りべんじ!
「な…………!」
妹が全裸だったとかつい言ちゃったけど実際は半裸だった。
風呂前の着替え中ならまだしも部屋で全裸とかどんな状況だよ、パンツやブラぐらい付けてるだろうに、いくらなんでも全裸はリアリティが無さすぎる。
妹の由夢は俺より二歳年下ながら見た目以上に幼く見える童顔と小さい容姿に髪をサニーサイドアップに結う、発育は……まだ途上である、ほっそりとした肢体に薄水色のスポーツブラとお揃いのパンツがどこか健全かつ健康的な印象を――
「お兄ちゃんのバカー!」
そうして顔を真っ赤にした妹に平手打ちを喰らう、そういえば今の頬の痛みで確信したけど――これは夢じゃないんだな。
ということはマジで……俺は死ぬ前に戻ったのか?
そのあと由夢には謝り倒して、どうにか休日のパフェ奢りで怒りを鎮めてもらった。
スイーツパワー万歳。
「そういえば由夢の<能力>って『聞いた声を真似られる』んだよな」
様々な能力の発現は家族に関わらず類似性があるわけでもなくランダムであり、まさに千差万別。
似たような能力をもつものも、そっくり同じ能力を持つものも存在しており、全く同じ能力を持つもの同士が出会うということもあり得ないことではない
あまりの能力のバリエーションから果たして国がそのすべてを把握しているかも怪しい、実際能力を正確に把握しきれず間違った教育をされる事例が過去に多々あったというのをニュースで見た。
能力者が普通に産まれてくるようになってから何十年も経過しているというのに、そういった管理制度は未だに不完全である。
ちなみに能力者世代は担任の若ハゲ先生(二十代後半)ぐらいからであり、俺たちの両親は能力を持ち合わせていない。
何十年というよりかはここ二十数年で能力を持つ子供が産まれ始めたと考えて良さそうだ。
「そうだけど。でもこれってあんまり役に立たないよねー」
「いや、役に立つぞ。タダでギャルゲーリミックスのヨリの声が聞ける」
「私にメリットないじゃん!」
ギャルゲーリミックスとは俺の愛読していたライトノベルのタイトルである。
そう、あの例のあんまりなアニメ化をされたライトノベル原作なのだが……アニメも主題歌と声優は良かったんだよ。
特に俺が好きだった阿澄ヨリのキャラクターボイスは想像通りで感動したぐらいで、他のヒロインもかねがねイメージに合っていた。
あとオープニングアニメーションも実際俺がつい期待しちゃうほど良かったんだよ。
……オープニングを担当した凄腕アニメーターは本編に一度も来なかったけどね。
良い主題歌と良いオープニングアニメは糞アニメ率が高くなるって本当だったんだなあああああああああああ!
だから映像を見ないでラジオドラマとして聞けば……やっぱあの改変された脚本は無理だぁ!
ああキャスト据え置きで再アニメ化してくれねえかなあ! アニメのメディアも爆死して原作売り上げも伸びなかったから無理だぁ!
「ところで俺、自分でアニメ作ろうと思うんだが声優として参加してくれないか?」
「え! お兄ちゃんアニメ作るの、すっごーい!」
アニメ作るのたーのしー!
……かったよ、作ってる時は本当に心の底から。
こう聞いても初耳のようだから、やっぱり俺がかつて由夢にオファーしたことはなかったことになってるんだな。
「おう、だからその内頼むかもしれないしよろしく」
「任せて! あぁ、私声優デビューできちゃうんだー! やったあ」
いやまあ頑張っても同人アニメですけどね。
それにしても俺が覚えているかつての由夢に対してオファーした際の反応にそっくりだ、やっぱり俺は過去に戻ってるんだな――
自室に戻るとまた考え出す。
過去に戻ったということは、戻れたということはマジでさっき暗い空間であった松神は本当に神様だったのか。
というか初キス……まさか死後にそこまで仲も良くない松神とすることとなろうとは。
『仲良くないとかひどいなあ』
「っ!?」
まるで俺の考えていたことをすべて見透かしていたように、突然机の上のスマホが一人でに通話状態になり、あの松神の声が聞こえてきた――
「松神……なんだな?」
『はーい。でも私のことはアイって呼んでねー』
いや、流石に名前で呼ぶのはちょっと。
『アイの大事なものをあげたのに、ひどい』
「俺だって初めてのキスだったんだぞ」
『それもそうだけど違うよ、もっと濃いやつ』
ま、まままままさか!? 俺が知らない間に松神……アイは俺の貞操を!?
『流石に死姦するほどの特殊性癖じゃないよ~。あ、アイ呼び嬉しいありがと~』
まさか女子の口からそんなアブノーマルな単語が出てこようとは思わなかった。
いやまぁ状況的にそうなるかもしれないけども! 想像したくないけど!
『じゃなくって、言ったよね。君が生き返ってやり直す為に”時間と命”をあげたって』
「っ!」
あのアイからのキスは、もしかして本当にアイの命を分け与える為の行為で、今俺がこうしていられるのもアイのおかげ……なのか?
『まぁキスはしたかっただけ』
「関係ねえのかよ!」
『でも気持ちよかったでしょ、ベロがれろれろ~ってなって』
「やめろ仮にも女子がそんな卑猥な物言いするんじゃない!」
突然のことと死んだ言われたせいで初めてのキス経験の具合なんて覚えてないわ! ちくしょうめ、初めての経験カムバック!
『……いつからアイが”女子”だと思ってた?』
…………え、えぇ?
マジでお前………………その容姿で男なの?
『まぁ冗談だけどね』
くそぅ! マジで背筋冷えるからやめろぉ!
特にスマホ越しだとどんな表情してるか尚更分かんないから怖いんだよ!
『今度おっぱい見せてあげるよ』
「……………………女の子が軽々しくおっぱいとか言うんじゃありません」
バスト八十七……。
『男の子ってわっかりやすーい、きゃわわ』
く、くそお……俺こいつ苦手だ!
『で、やり直したからにはアイとの婚約の為に――シロー君にはアニメを作ってもらいます!』
「なんで!?」
『アイの『神』的な未来予知によると、アニメを作らないとアイと結ばれないっぽいんだよね~』
そのりくつはおかしい。
『いや~まさかシロー君のアニメ作りのセンスがあれだけ無いなんて思わなかったな~』
「やめて!」
生き返っても死体蹴りされるとか俺はゾンビですか?
『だからせっかくクラスメイトに有望な人材がいるんだから、一緒に作ってもらおうよ』
「っ!」
……確かに俺のクラスにはイラストレーターもアニメーターもプロ級音楽演奏家もライトノベル作家だって居る。
本当に彼女の力を借りることが出来るなら、今度こそちゃんとしたアニメを作れるかもしれない。
『で、未来は一夫多妻制もおk~な世界になってるから。ハーレム主人公化したシロー君は、アニメスタッフな女の子たちに加えて本妻の私と結婚すると』
「色々ネタバレしすぎだろ!」
一夫多妻制も良くなって、それで俺がハーレム主人公に…………いや、無い無い無い!
『とにかく未来の夫には頑張ってもらわないといけないのですよ! がんばって、ア・ナ・タ♪』
「ちょ、おい」
そうして唐突に松神アイからの通話が切れた。
……というかアイの電話番号とか知らないはずなのに、何故か電話帳に登録されてて怖い!
「でも、そうか……」
俺一人で全部やろうとしたから大失敗したんだろうな。
プロ級の腕を持つみんなの力を借りることが出来れば、確かに名作アニメが作れるかもしれない。
「でも、そしたら俺何もすることなくね……?」
プロ級のイラストレーターにアニメーターに脚本に音楽に美術……俺いらなくない?
ますますこの全く使えない『戦闘力予測』が恨めしくなる。
正直アイというわけわからないヤツの思い通りになるのはシャクだが、もしまたアニメ作りをリベンジ出来るなら――
「今度こそ……ちゃんと作りたいな」
俺の半分トラウマになった、現役イラストレーターの幼馴染の率直で辛辣ながらも納得できるような酷評を。
次は聞かないで済むんじゃないかと、むしろ今度こそは愛理に楽しんでもらえるんじゃないかと思うと……少しやる気が沸く。
俺がそもそもアニメを作ってまず最初に愛理に見せたのだって、驚いてほしくて楽しんでほしかったからで――
そうして春休みも末、俺は――みんなでのアニメ作りを決意したのだ。




