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第四話 糞アニメと突然の死



「ついに……ついに出来たぞ!」



 制作期間半年、殆どの技術を独学で習得し、常に手探りの連続。

 納期は無くても、いつ終わるかも分からないひたすら動画……動画……動画。


 そして、ついに!



「三分半のパイロットビデオが出来たぞおおおおおおおおおお」 



 ……いやいやまさか、素人が半年で一話二十四分のアニメーションなんて作れないのは分かってますとも。

 いやまあ二十四分のつもりでコンテ描きましたけどね、ええ。

 最初は脚本作りだった、構想だけならテレビシリーズ一クール分もゆうにあったし、実際に三話分ぐらいは書いてしまった。

 もちろんその三話分でさえもすべてが活きるはずもなく、制作開始三か月を超えたところでハッと気づいた俺は、これじゃいつまで経っても終わらないと一話二十四分一本の路線に切り替えた。

 ググって出てきたコンテなどを参考に「コンテなんて綺麗に書かなくていいからちょろいもんだぜ」と分かりやすーく作業を甘く見た俺はなんとも雑なコンテを作り。

 そのコンテを元にひたすら絵を描いていたのだが、描けども描けどもまったく絵が上手くならないし速度も上がらない。

 線はガタガタ、ろくに構図が描けないしコンテもテキトーなので真正面かアップばかり、その原画を繋ぐ動画をいつまで描いても終わらない。

 何枚描いてもぎこちなく、パソコンに取り込んで再生してみてもアニメとして成立していない。

 そして動画を描き終わってからの彩色、やり方というものを知らないので全部手作業手作りのもので手塗りでこそ流石にないものの一枚一枚パソコンで彩色をした。

 それから家にあった楽器で劇伴らしきものを作り、加えて妹をとっ捕まえてキャラに声を当ててもらった。


 そう今思えばあまりにも杜撰な計画で、多くが破綻していた。

 でもそんなこと当時の俺には関係なかった。


 今こう書いているのはあとあと冷静になったからであり、当時はひたすら突っ走っていたのだ。

 ちょっとヘタクソだけど最終的にはなんとかなる、量をこなせばその内いいものが出来る!

 そんな楽観的な思考と多くの時間と労力を経て完成したのは、妥協に妥協を重ねた三分間のパイロットビデオだった。

 自分のどうしてもアニメにしたいシーンだけを抜粋したもので、パイロットビデオでありプロモーションビデオのような代物になった。

 もちろん原作となった脚本もとい、小説のシーンの数パーセントも絵に出来ていないし、アニメとしての繋がりもまるでないツギハギ構成だった。


 一年生の本当ならば友人などを作り交流を深める時期に、俺はただひたすら創作活動に没頭していたのだ。

 もちろん愛理との付き合いも悪くなり、クラスでも席替えで離れてしまい話さない日が増えた。

 愛理が着実にクラスメイトに溶け込む一方で、俺はクラスで浮いて行ったが鈍感な俺は気づくことさえなかった。

 更に愛理はクリエイターとして俺が牛歩している間に、驚くべき速度で成長し高校入学から半年経った今ではライトノベルの挿絵を複数作品担当している。


 そんな俺は徹夜明けにパイロットビデオの動画が入ったPCを学校鞄に突っ込み学校へ向かい、まず初めにと幼馴染の彼女に出来たばかりのパイロットビデオを見せるべく通学路を駆ける。

 こうして教室に着いた、いつしかの席替えで離れた限りの席の愛理とマトモに話すのは数日以来だろうか。

 どうしてか久しぶりに俺から話しかけたからとは思えないが、少しだけ愛理は嬉しそうな表情をした後、俺がノートPCでアニメを見せると――



「…………なにこれ」



 三分間のアニメが終わりしばらく思考を巡らせたのか、少しの時間を置いて出てきた幼馴染こと愛理の第一声はそれだったのだ。

 そして愛理のその表情は、アニメが始まって十数秒経たずに固まっていた。


「何って、前に言った”アニメーション制作:俺”なアニメだけど」

「え…………これを作ったんだ、この絵で(・・・・)


 そうかそうか、これを俺がほぼ一人で作ったことに感心しているんだな。

 分かるぞ、まさか幼馴染の男の子が突然アニメを作ってきたらそりゃ驚くだろうさ。

 

「…………すごいね」

 

 凄いだろう、そうだろうそうだろう。

 俺一人だからな、アニメーション制作:俺だからな!


「いや、うん、頑張ったんじゃないかな」

「愛理にそこまで評判がいいとは驚きだな。よしクラスメイトに見せてこよう」

「いやぁ、それは……」


 基本的にはスパスパ物をいう彼女らしくなく、何か奥歯に物が挟まったような物言いだ。

 ……感動で言葉が出ないだけだな、うん!


 いやもうこの時に薄々感づいてたよ、この愛理の何とも言えない表情で。

 俺が嬉々として見せびらかすもんだから言葉を選んでいるこの感じ、そうだよなそうだったんだよな。


「……ねえシローあんま言いたくないんだけどさ」

「おう」

「幼馴染とかでなくクリエイター目線で、正直言っていい?」

「おお、売れっ子イラストレーター視点での感想か。どんとこい!」


 俺は内心一人でに、彼女の口からクリエイタ-という言葉出てきたことで俺のアニメがクリエイターである愛理に認められたと身勝手にも思ってしまっていた。

 それはまったくもって大きな勘違いだったというのに。


「ごめん」

「え」


 なんで愛理は目を逸らして気まずそうにしているのか、その時俺は――



「これ、糞アニメだよ……」



 …………んん?

 おかしいな、今糞アニメって聞こえた気がしたぞ。

 いやいやまさか俺はあんなのに出来上がった時に神アニメが出来上がったと早朝踊り狂ったというのに。


「大体さ……いきなり傑作選みたいに各シーン見せられても分かんないし、そもそもがどっかで見たような焼き直しで、それもあんまりおもしろくないし」

「あっ」


 おかしいなあ……。


「あとはキャラデザがバラバラで見辛い、シーンごとに等身変わるから疲れるし、なにより動いてるシーンでも線が波打ってるみたいで」

「がっ」


 おかしいぞこれは……。


「背景とキャラズレまくってるし、なんかキャラの色指定がコロコロ変わって点滅みたいなシーンあるし」

「ぐっ」


 まずいぞ、これはいよいよおかしい。


「なによりも聞こえてくる笛というかリコーダー? とハーモニカだかが不協和音醸してる上に台詞が聞こえない」

「げっ」


 やばいやばいやばい。


「あ、声優は凄いいいんだけど。まさかどっかからプロ呼んできたの?」

「妹だよ!」

「ええぇ!? シローの妹の由夢ちゃんなのこのキャラクターボイス全部! これはスゴいなあ」


 …………声優の妹以外、ボロクソどころじゃなかった。

 

「マジか……糞アニメかー……」


 糞アニメという単語が頭の中で反響する。


 愛理の俺が作ったアニメに下した結論は、俺の好きなライトノベル原作のアニメが改悪の限りを尽くされ、最終話を見終わったあとに抱いた感想そのものだった。

 糞アニメを反面教師に熱意だけでアニメを作った結果、俺もおそらくはその糞アニメ以上の糞アニメを作り上げてしまった……のだろう。

 たしかに商業用アニメと同人用ですらない個人用アニメの違いは大きいかもしれない、それでも俺は結果的に時間をかけて糞アニメを作ってしまったのだ。


「……ごめんね、厳しいこと言って。でもね私もさ、私だってさ……こんな絵柄(・・・・・)で描くぐらいなら(・・・・・・・・)、一言言って欲しかったよ、私に一度でも相談してほしかったよ……なんでかなあ、どうしてかなあ」


 俺は現実から逃げていた、自分のあまりにも性格な『戦闘力予測』を頑なに信じようと、直視しようとしていなかったのだ。

 俺がアニメを作り上げた最に表示されたの戦闘力もといメディア売り上げの数字はというと――<三>の文字だった。

 俺の脳内では愛理から放たれた感想と、糞アニメという単語が二重唱を奏でていた――


「だから――」


 愛理のその言葉の続きを聞けるほど、俺に余裕は残っていなかった。


「……ちくしょおおおおおおおお!」

「シロー!?」


 俺は朝のホームルーム前の教室を抜け出して、駆けた。

 俺の頭のおかしな行動に廊下を歩く生徒が奇異の目線を向けていることさえ俺は気付けていない。


 俺の半年間、すべて無駄だった。

 愛理が現実を突きつけるまで、俺はただバカみたいに踊っていただけだった。

 どうすりゃ良かった! どうすればいいアニメを作れたんだ!?

 いやつまりはこういうことか、元からそうだったんだ――


 俺一人に出来ることじゃなかった、俺にアニメを作る才能はなかった。


 とりあえず家に帰って原画を全部燃やそう、PCをぶっ壊そう、しばらく引きこもろう。

 もうヤケだった。

 いわゆるプロ目線で言い方はきついかもしれないが愛理なりに考えて言ってくれたことだと分かっていても、俺は愛理の的を射た感想に納得する反面、心が折れていた。


 これまでのことを無かったことにしたい、やり直したい、でも時間は帰って来ない。

 悔しい、恥ずかしい、どうしようもない、ああもう愛理にあんないい様のない表情させた俺は――死にたい!


 だからって別に、本当に死ぬつもりはなかったんだ。


 まさか階段付近に落ちていた菓子パンの袋で足を滑らせた挙句に落ちた先に偶然落ちていた傘の先端が腹部を突き破り、更には校舎の補修工事をしていたクレーン車がアクセルとブレーキを踏み間違えて俺が腹部をブッ刺して留まっている階段の踊り場に突撃して体制が大きく反転して死に様はまさにブリッ死。

 痛みを感じる間もなくブリッ死の時点でショック死していてある意味幸運だった、一瞬のブリッ死からすぐさま崩れてきたコンクリート片に潰されて、更には運悪く粉塵爆発を起こしたことで俺の身体はもはや原型をとどめないばかりに……爆死。

 享年十五歳、十月も初めの頃だった。


 そうして俺は、愛理の最後に言おうとしたことが分からないまま――死んでしまったのである。


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