完結
「へえ、姉さん結構いい車に乗ってるんだね」
と、興味津々として彼は私の車の中の様子を1つ1つ細かく見る。あれからといい、大人しく私の日誌が書き終えるのを見届けた彼は一緒に職員室までついてきて、あろう事か職員室内で腹痛が酷いと騒ぎ立て教師を騒然とさせた。駆け寄る先生や生徒達に具合が悪そうな顔を見せながらも、必死に痛みを耐えている顔だった。私も慌てて駆け寄り彼の容態を伺う。そして、紛れも無くそこに居合わせた保険医に彼の面倒と保護者への連絡を任されたのであった。やっとの事で立ち上がり私も彼を支えて廊下を歩く。しょうがない、これも仕事だと思いしぶしぶ彼のほうをみるとさっきまで苦しそうな表情を一変させ何事も無かったのように「もういいよ」と独りでに歩き出す。彼は痛みに耐えてるのだろうと、私は彼に駆け寄る。すると、彼は「これで、姉さんと帰れる」とに笑ったのだった。演技としてもやりすぎだ…本気で心配した先生や生徒を何だと思ってるのだ。彼はそんな事もお構い無しに、職員専用の駐車場に向かう。そして、さきを行く彼はまた振り返りこう言うのだ。
「俺も今日から母さんと姉さん達の隣に引っ越してきたからよろしくね」と
彼を自分の車に乗せエンジンをかける。何を考えているのかわからない弟にどうしていいかわからないわたしは、運転に集中していると見せて彼の様子を伺う。彼は何も無かったのように私に視線を向け「青だよ」と、先の信号を指さす。私は慌ててエンジンをふかしさきを急ぐ。彼はふと思いついたように私に問いかけた。
「ねえ…、あれ今でも持ってるの?」
「あれって何?」
「指輪、まだあるよね?」
確か離婚が決まり引っ越す時にもらった、おもちゃの指輪だ。なんだ、弟も思い出話したいのかと私は少し安心して「もってるよ」と言うと彼は「そう、ならいい」としか返してこなかった。私はすかさず彼と私の少い家族関係の思い出話をした。一瞬でも出来る沈黙に耐えられなかった。私達家族は、旅行とかなかなか行けなかったけど高校2年の終わりに、私が受験勉強に入るためにと連れていってもらった旅行の話、彼の幼少期の看病話、そしてお父さんは今元気かなどといった近況話も盛り上がった。私と母のマンションは、それほど遠くなく今の職場から車で10分くらいの、距離のため思い出話も途中で中断された。私達は車を後にして、エレベーターにのり5回のスイッチを押す。沈黙の中チンと音が鳴り5回を示しドアが開く。そして、私たちの部屋の前にいた人物。「お母さん…」多分、今この現況になっている主犯格であるうちの母は、彼と私の姿を見るなり彼に駆け寄り抱きつく。それから、大きくなったわねーなんていい私共々母は、彼の顔をしっかりと確認し私共々部屋に招き入れる。余り物を置いていない部屋は殺風景で本当に生活必需品しか置かれていない。母はソファに座り、また彼は母の向かい側のソファに腰掛けた。何やら2人で話し出したため私は2人を背にコーヒーを沸かす。母と結城は本当の息子と母の様に笑いあい語り合っていた。そんな2人を見て微笑ましいと感じながらも、何も知らされていなかったことにもかなり腹が立つ。私はできあがったコーヒーをテーブルに乗せて母の隣に腰掛ける。母は、気まずそうに私を見て内緒にひていた事を謝罪する。私だって相談してくれたら否定はしなかったであろうだが、こんなに急な話だ。私は、少し苛立ちながらも彼と母を見据える。彼もしっかりとわたしを見据えた。
「俺はあんたに会いに来たんだ。」
と言うのだ。母も母で、何も動揺すること無くコーヒーを飲んでいる。
「わたし?」
と、指名されたことに意味も解らず母に不思議だと思い視線を向けたが。母も母で苦笑いをしてまあ、彼の聞きなさいと私に促し、ここらかは若者の話よーと言いそのまま席を立とうとしてしまう母を止めようとしたがそこで彼に留められる。「お願いだから、聞いてよ姉さん。」必死に私に、ここにいるように説得する彼に渋々応じ、母は仕事だと言い部屋を後にしてしまう。沈黙の中、私はテーブルにあるコーヒーを見つめる。彼とわたしは何の共通点もないし、話すことなんてないのだ。いったい、私に会いにきたとはどういう意味なのだろうか。不思議そうに視線を向けると、目が合い逸らされてしまった。
「俺は姉さんの事ずっと好きだったんだ。」消え入りそうで、泣きそうなまだ目を合わせようとしない彼は私を見ようとせず彼もまたコーヒーを見つめる。
「私のことが好きって…教師してだよね。ありがとう、ははっ」
予想もできない彼の発言に驚き、そして困惑する。これが愛の告白なんてもんではないと、私自身で納得させていく。真っ先に思い浮かべたのは、なんで?という疑問だけ。やっぱり彼はわからない。だが、そんな彼の方を向けると顔を真っ赤にさせプルプルと震えている。「あっ…」いつと、傲慢でプライドのたかい彼、私の顔を見ようともせずいつも顔を下に向けていた。もしかして、本当は…いつもそんな顔をしていたのだろうか。もしそうであったら、こんな勘違いは生まれなかったのかもしれない。こんな顔を弟がするなんて、こんな顔見たことなかった。「お願いだから、信じてよ。俺はずっとあんなたが」…最後の日にもらった指輪は、彼なりの私への愛情だったのかもしれない。不器用で、素直じゃない彼は今私に抱きつき甘えだした。でも、不思議な事に私は彼のされるかままで、決して拒絶はしない。たぶん、昔のあの時のように戻るような感覚なのかもしれない。私も私で、彼を可愛がりそして、甘えて欲しかったのだろう。彼が背に手を回し彼を慰める。やっと...やっと2人は今更ながら誤解を解いたのだ。7年も続いたこのすれ違いはお互いにとって、気付かぬ間に大きなシコリとなり無意識ながら自分自身を傷つけていた。
「ねえ、姉さん」
「何?」
「あの日指輪受け取ってくれたってことは、結婚するってことだよね?」
「はあ?ムカつく、弟のくせに。」
隣同士の私達は今日も同じ時間に出て学校に向かう。一つだけ変わったことは大分弟は私の顔を見てくれることだ。あれから、母と弟は2人でグルになり私と弟をくっつける作戦を立てていたらしいが、それは上手くいっているのだろうか。いや、多分まだ現在進行形だろう。まだ今は弟の一方通行だけど、多分私もその内弟が好きになってしまうんだろうなと思うがまだ認めたくないと抗ってしまう。だって、こんなにかわいい弟の事を見れるなんてそうそうないだろう。「そろそろ、俺のこと好きってみとめたら?」なんて甘えたように擦り寄り頬にキスを落とされる。そんな結城の反応が見たくて私はまだ、認めない。そんな事を思っているなんて結城にバレたらやばいのでここまでにしとこうと思う。
「ねえ、姉さん。知らないと思うけどはじめて姉さんに会ったとき、母さんに舞ちゃんをくださいって言ってしまったんだよね。母さんの了承もちゃんと昔も今も取ってるから、オレはいつでも嫁に来ていいって思ってるんだよね」
「ふーん」
と私は昼休みの何時もの訪問客の話を流しつつお弁当を突っつく。私の平和な学園生活は、この問題児な弟こと結城と、伊坂の存在でまたまた波乱万丈となる。それは、そんな波乱万丈な日々を前にしたほのぼのとした昼休みのことだった。
ありがとうございました。