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彼とのこと2


「ある程度、理解したよ」

「何が、ですか」

「君が随分と俺に対して偏見を持っていること。その原因を作ったのは、俺だろうけれど」

「っちょ、な……!」

 そう言い、涼しい顔をしたまま彼は足払いを仕掛けてきた。バランスを崩した私は体重をかけてきた彼の誘導のまま後ろに倒れてしまった。落ちるギリギリで彼が腕を引いてきた為、衝撃は最小限で済んだが。

「近い!」

「そう怒らないで」

「怒らないで? どの口がそう言いますか!」

「戦場ではあり得なくもないだろう。足場が崩れたら戦況はひっくり返ることもありえるんだから。経験しといて良かったんじゃないかな」

 笑顔でさも当然のようにそう宣う彼に私はぐっと押し黙ってしまった。間違ってはいないのかもしれないが、納得いかない。

 地面に仰向けに倒れる私に馬乗りになる

ような形の彼との状況はあまりよろしくない。こっそりと覗き見している騎士達から噂が勝手に回るだろう、良くない方向に。

「どいて、いただけませんか」

「どうして?」

「……何故どいていただけないんでしょうか」

 わざわざこんな状況に落し込んで何がしたいのか。睨むように見つめていると、彼はふと口角を上げた。

「君は美しいね」

「……頭でも打ちましたか」

「いいや、正気だよ」

 そう言いながら頬にかかった私の髪を一房掬い上げ、口付けた。ぎょっとした、私相手にもそんなことをするとは本当に節操なしだと。

「気高くあろうとする君はまるで彼のイセリアのようだよ」

 最初の女騎士イセリアの話はこの国ではポピュラーな話で、女達の憧れの象徴だ。誰しも彼女のように生きたいと思い、憧れる。かくいう私も寝物語にさんざん聞かされて憧れて騎士になった口だ。

「けれどイセリアのように強くはない。君はその脆さこそが美しい」

 イセリアのようだと言われ、少し喜んでしまった自分が情けない。上げて落とすのがこの男のやり方か。

「それで、口説いているおつもりですか」

「そう、かな。周りは君を屈強の騎士なんて評価しているけれど、君は頑張り屋だけれど不安定で……正直騎士には向いていないと思うね」

 彼の言うことは私に対する真っ当な評価で、それはきっと間違っていない。父にも言われたのだ、おまえは騎士には向かないと。けれど私は夢を捨てられずに無理を押し通した。結果を出してはいても、父の私を見る目は変わらなかった。父は優しい人だ、いつも心配そうに私を見ている。その目に私の心は揺れる。

 彼の言葉は私に騎士を辞めさせる口説きなのか。

「私は、」

「勘違いしないで欲しいが、俺は君に騎士を辞めさせたい訳じゃない。むしろ俺は君に右腕になってほしいと思っている」

 この男は何が言いたいのか。いや、結論は告げているが、何を以てその結果に行き着くのか。意図がわからない。

「何がお望みですか」

 微笑む彼の顔は胡散臭い。

「君に俺を知って欲しい。婚約者として、仲が悪いままでは不都合があるだろう?」

「私は仲が悪いとまでは」

「良い印象はない、だろう?」

 押し黙るしかなかった。確かに、良い印象を持っているとは言い難かった。

「婚約者であると、ご存知だったんですね」

「それは、勿論」

 含みのある言い方をするも彼はそれについて以上のことは言わなかった。

「まずはルールを決めよう。顔を合わせる機会は多い方がいい」

「……わかりました」

 彼の提案に頷くと彼は立ちあがり、手を差し出してきた。それを取るべきか迷っていると、勝手に手を掴み、腰に手を差し入れて引っ張られた。その勢いで彼の唇が頬に当たった。

「唇にはまた今度」

 私の唇に親指を当ててなぞりながら微笑む彼にかっとなった。

「絶対にありませんから!」

「わからないよ?」

「ないです!」

 彼の手を振り払い、背中の土を払いながら出口まで行く。後ろから彼が笑いながらついてくるのがわかった。

 後ろを振り返り、軽く睨んだが、彼は微笑みを浮かべて私を見るばかりだった。

 溜息をつくしかなかった。











「ノエル」

「……なんだ?」

 低い声だ。まるで邪魔をするなとでも言いたげな声で返事をする彼に溜息をつくしかなかった。

「あまりからかうなよ、周りが煩い」

「からかう? 確かに彼女の反応を楽しんではいるが、」

 彼は距離をつめてきた。その形相は彼を優男と評するものを震え上がらせている鬼の形相で。

「偽りは何もない」

「……本気だとでも?」

 もしそうだとしたら、一体どうしたんだ。何がきっかけであの鉄壁を崩す気になったのか。彼女には失礼だとは思いつつも、そう思わざる負えない。

 彼女自身もそうだが、彼女の兄が一際厄介だ。ある意味、ノエルと似通ったところはあるかもしれない。

「婚約者だ」

「……は?」

「彼女は俺の婚約者だと言った」

「……ふざけるなよ」

「ふざけていない。家族公認だが?」

 ふざけるなと言いつつも彼の顔が本気であることはわかった。

「ああ……だが、彼女の兄は了承していないな」

「……荒れるぞ」

「望むところだ。楽しみだな」

「おまえだけな」

 この男は何を考えているのか。

 愉しそうに笑う彼に頭を抱えるしかなかった。


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