彼とのこと1
良くも悪くも私とノエルは目立つ。
王夫妻の護衛騎士二人が連れ立って歩いているとなれば必然と人目をひく。それを狙っているように彼は人の多い場所ばかり通る。
「ノエル殿、一体どこへ」
「訓練所だよ。茶会に誘っても君は来てくれないだろう? 王妃の茶会も断ると聞く」
「それは恐れ多いからであって……!」
「咎めている訳ではないよ。君が茶会に向かないことぐらい分かっている」
ぐっと押し黙ってしまう。確かに一般的な婦女子は茶会で情報集めなどをしているし、騎士にはそういったことを得意として他国で情報収集をしている者もいる。
だが私にはそれは難しい案件だった。良く言えば真っ直ぐ、悪く言えば融通が利かない。茶会とは戦場にもなり得る場であり、話の内容によっては如何に相手から情報を引き出すかにかかっていると。だから私には向かないと前にレンダにも言われてしまった。
有事に対応できるように城の左右に隣接された騎士の為の寄宿舎の中に訓練所はある。当然男女で分けられている為、男性側の寄宿舎に立ち入ることは滅多にない。
私は仕事として立ち入ることはあってもいつも一人だった。男女の差など些細だと実力主義で好意的に考えてくれている者も居ないことはないが、突っかかってくる人間は少なからずいる。そういった人間は剣で黙らせたが。
だから彼といるだけで誰も何も言ってこないのは驚いた。
「貴方は随分と慕われているようですね」
「どうだろうね。それがすべてではないだろうけれど。君だって剣で黙らせただろう」
これは、私がしていたことを見ていたのだろうか。それに彼には彼なりに苦労があるように思った。
ヴァレリア候の三男と鳴り物入りで入舎した時は皆その見た目に惑わされたことだろう。蓋を開けて見れば彼は完璧とも言える振る舞いをして見せた、女性関係以外は。仕事に関しては誰も口を挟む余地を与えなかった。
「ノエル殿は凄いですね」
「騎士としては、かな?」
「……蒸し返しますか、そこを」
先程の話を彼は訂正したいようだった。
だからこそこの訓練所につれてきたのだろうが、訓練所には騎士が多く居た。昼間に少ない方が問題だろうが。この場所で話すには引け目がないにしろ、あまりにも彼に不利ではないだろうか。
「別の場所で話した方が良いのでは」
「例えば?」
「例えば……執務室などは」
「俺の部屋に来ると?」
「妙な含みを与えないで頂けますか。仕事のお話、でしょう」
「そうであっても、他者はそう勘繰るよ。俺は放蕩者らしいからね」
やるべきことはこなしている辺り女遊びの方を指して揶揄されているのだろう。全てが真実でないにしても、その殆どは真実ではないのか。
彼はここで構わないと、君に不利はないだろうと訓練所の一角を借りきって人払いをした。そんなもの建前にしかならない、現に他の騎士達は興味津々で敷地には入らないように様子を伺っている。
「剣を」
「……真剣で、などと言わないでしょうね」
「君がいいなら構わないけど?」
挑発的に笑む彼を睨み付けて黙って脇に立て掛けられた木剣を抜いた。
真剣でやりあっていたら演習どころの話ではなくなる。相手が相手なだけに手加減は出来ないだろうし、してられないだろう。そしてあることないこと囃し立てられる。城の者達は国が平和なのも起因してか噂話が大好きだ。
剣を構え、向かい合う。私は挑む側だ。勝てないことは分かっているから、胸を借りるつもりでいく。ノエルが両親の血を色濃く継ぎ、天才的な才能を発揮するのに対し、私は努力型だ。ある程度の基礎はできても応用するには反復訓練が必要になる。繰り返し体に覚えさせるしかない。私は父のような才能は継げなかったから。
呼吸を整え、剣を振り上げる。全力で降り下ろしても彼には軽くいなされる。男女にある力の差もあるだろうが、それでも全力で打ち込んだ剣が容易くいなされるのは悔しい。
剣がぶつかり、重なり、押し合いになる。
「真剣だったら、私は死んでいるでしょうね」
「殺すわけないだろう」
「目障りでは?」
「そんなことないよ」
苦笑するも彼は涼しい顔で私を見やる。ぎり、と歯が鳴る。
騎士の間に男女間の諍いは大なり小なり常にある。私はその中央に居て、男達からは煙たがられている。数年前まで本来あるべき統制が今よりもずっと緩かった。それを今一度改めさせたのは私だ。勿論、上司やノエル殿も手伝ってくれはしたが、内心はわからない。




