頭が痛い話
王妃を守るために日夜訓練に勤しむのは王妃の騎士として当然の義務だと思っている。私はそれを苦痛だと思ったことなどないし、有難いとすら思っている。
昔は騎士とは男の職業で、女がなることは反対されていた。花嫁修行をして良い家柄の旦那のもとに嫁ぐ、それが女の道であると。それを変えてくれた人がいるから、私は今騎士として勤められている。
けれど「女騎士」というものはどうしてもなめられる。その原因はおそらく男だけではなく女にもあるのだと思う。
「結婚することになったので、辞めさせていただきたいんです」
なんとタイムリーな話なのだろうか。私にもふりだが縁談話はきているよと冗談混じりに内心で呟く。
結婚と出されては私は引き留められない。おそらくご両親が娘を心配して用意した縁談なのではと思ってしまう。申し訳なさそうにすみませんと謝る彼女に私は大丈夫だ、わかったと事務的に返すしかなかった。彼女は瞳に涙を溜めて去っていった。
今月はこれで三人目だった。頭が痛い。
「反論しても良かったんじゃない?」
「……レンダ」
こっそりと覗いていたのか、友人であるレンダが壁にもたれながらこちらを伺っていた。
彼女は王宮医師補佐で騎士になってから知り合った。昔はよく怪我をしていた私の手当てを担当してくれていたのが彼女だった。
「頭見てあげよっか」
頭を抱えた私に見かねてか、白衣のボケットに手を突っ込み、近付いてくる。片手を出して私の額に手を当てた。
「熱はなーしと」
「熱はないよ、頭が痛いだけだ」
「リヴさあ……受け入れすぎじゃない? さっきの子はリヴが考えてるような状況かもしれないけど。この間のとかはさ、絶対違うでしょー」
「……断言はできないだろう」
「絶対そう!」
レンダの言うことも分かるが、糾弾は出来ない。
以前の二人の結婚相手は王宮騎士だった。騎士を目指す女性の中には純粋な憧れや理想だけではなく、優良な結婚相手を見付ける手段として入城してくる者もいる。勿論相応の実力は必要だが、上を目指さなければ相応の仕事はある。
程々に勤め、結婚して辞める。そういった認識があるから、男にはなめられるし軽く扱われる。恋愛するなとは言わない、それは騎士だからと咎められることではない。家を守ると言うのもその家に生まれたものの勤めだろう。
だからこそ頭が痛いのだ。咎められることではないから諌めようもない。結婚しても勤めているのは本人が希望している一部の騎士のみだ。辞めていく彼らにそれ程の執着がないのが、悲しい。
レンダは私の首に手をかけ、ぶら下がるようにしながら下から覗き見てくる。
「あのさあ……あいつに言ってみたら? ノエル・ヴァレリアに」
「……どう言うんだ」
「おたくの騎士がうちの騎士を誑かしてるんですけどー、とか?」
「言えるわけないだろう……」
現状、変える為の手段がない。意識的な問題を今すぐどうにかはできない。物理的に制限することも難しい。何より。
「あの男が最たる原因だろう」
ノエルに誑かされて捨てられて辞めていった騎士が何人いたことか。ああいう男だと認識していながら、何故皆してあの男に誑かされていくのか。理解に苦しむ。
「同僚としては尊敬しているが、」
「それは嬉しいな」
背後から声がした、当然、それは知った声で。
レンダは早い段階で気付いていただろう。涼しい顔をして外方を向いている。
「けれど、俺が最たる原因とは心外だな。少し話をしようか」
「い、や……事実でしょう。貴方は隠そうともしないし」
「隠す必要などないだろう? 俺から誘った覚えはないよ」
「だからといって……!」
「おいで」
熱の入り始めた私の腕を取り、ノエルは私を軽く引きずるように歩き始める。レンダは絡む腕をするりとほどき、にこやかに手をふっていた。
「睨むなっての」
どういうつもりなのか、私がリヴと呼ぶ度に鋭い目で私を睨んできて。彼がリヴを意識しているのは明らかだ。リヴに意識してもらう目的なのか、ある日を境に同僚にまで手を出し始めてしまった。
馬鹿なヤツだと思う。意図にはある程度添っているのかもしれないが、リヴに間接的なことは効かない。むしろ自分の部下達が大事なだけに、その部下からあることないこと吹き込まれてしまっている。
馬鹿なヤツだと思う。リヴを気に入ってるならその他にするように優しくしてしまえば良いのに。その内誰か他の人間がかっさらっていってしまうとも限らないのだから。