栄 歩微 1時間目
6年 2組 11番 栄歩美
学級通信の真ん中に書かれたその個人情報を持つ小学生は、窓際の最後列で一人裏に絵を描きながら溜息をつく。
綿雲が春風の中をゆったりと進み、それに沿うように貼られたプリントがなびく。
彼女と周りの空間は1秒1秒が遅く、他人を寄せ付けないオーラを纏っている。
世に言う無言の圧力というものなのだろうか。
一つ物を近くへ落としてしまえば、息も凍る冷酷な目で蔑まれる。
「あ、ちょっ」
誰も触れないその空間にも、物理は働く訳だ。
ここら辺ではメジャーな消しゴム、MORO消しゴムに定規を交差させてつけられた飛行機のようなものが彼女の頭に不時着した。
教室に何かが走る。
時が止まる。全員が一人の女子の頭の上を見て呆然とする。
「これ、誰の」
丁寧に頭に乗っていたそれを取り、視線を下から上へ、絶対零度のビームを掃射するように動かされる。
この硬直を打破するものなどいるはずもなく、場はどこからでもデッサンを仕上げられそうなくらいに静止している。
ビームの主は周りを見回し一人の男子を見つけるとゆっくりと近づき、
「あなたの、はい」
低く平坦な声と共に手渡された相手は
「あ、どうも、ありがとうございます……」
とこわばった頬を手で隠しながら受け取る。
「海渡くん、だっけ」
「ぼ、僕のこと知ってるの?」
「うん、分かるよ。海渡くん」
少し顔を上げ、小さく笑う。
全問正解した時の、ほっとしたような、満足げな笑顔を浮かべる。
分かる、と言い切られた彼は、一歩後ろに下がって愛想笑いを返した。
そのまま軽く頭を下げ、走り去っていく。
歩美が回れ右をして一歩踏み出したところで、教室の時間はいつも通り動き出した。
席に着き、裏の絵の左隅に書き記す。
『独りぼっちに飛行機が遊びに来るの図』
絵の中の少女は、優しく飛行機に微笑み、飛行機の中の少年を眺めている。