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富士原哀菜 3時間目

経験を積むことによって、人は少しずつ落ち着いていくのだそうです。

 「私から一つ、質問していいかな」

「んー?」

ふうーっと息をついて、心を落ち着かせてから訊いた。

「あなたは、ずっと存在していたい?」

栄実里は少し考えて、

「もちろん、いれたらいちばんうれしいけれど、でも__」

一度手紙を見てから、窓の方を睨んだ。

「__歩美ちゃんを守るためなら、それが歩美ちゃんのためになるのなら」

私はいなくなっても構わない__

やけに大人びた、それこそ成人した女の人のような佇まいだった。

私はただの子供だと。20歳だと聞かされた今でも思う。あの廊下にあの人がいると分かっただけで取り乱してしまう程に、私は小さい。障害という名の後遺症付きでも、だ。果てしなく小さい私は、それをごまかすように生きている。

そこまで含めて、私は「幼稚な子供」なのだ。



 気付くと自分の部屋の隅でうずくまっていた。頭が混乱してどうも腕が動かない。やっとの思いで手紙を取り出し、震える手を抑えて続きを読んだ。

 

≪貴方の障害は、情緒の不安定、そして、その気持ちを他人にも移してしまうことだ。

貴方が2つもっているのだから、私ももう一つある。それは分かるだろう。語彙の喪失。多分、体験の記憶と共に言葉の記憶までなくしたのだと思う。そろそろ国語辞典も本のタイプじゃなくて語数の多い電子辞書に買い替える方がいいのかもしれない。

 私がこれを知ったのは、数日前、実里が返した絵手紙からだ。実里はいつも絵を一枚だけ返してくれるのだが、それが今までの私の想像画や自分の似顔絵ではなく、ある風景だったからだ。それで私はほんの少し、思い出した。それまでに二重人格であることは勿論知っていたのだけれど、原因を突き止められずにいた。過度のストレスによるものだとかかりつけの医者が言っていたのだが、自分の生活の中で心当たりが見いだせなかった。でも、この絵を見ただけで私は思い出した。1回目の小学校生活を送っていた私がどんな人間だったのか。どんな環境にいたのか。コピーを同封しているから、見てほしい。


 そしてもう一つ。これは質問だ。短い質問だ。話しかける前に、結論を出しておいてほしい。

貴方は、この学校にいる医者を知っているのか?もう一人の非小学6年生を、知っているか。それが分かれば、私たちの1回目の小学校生活は明らかになる。≫


 常体で一見固いように見えるが、こそあど言葉を乱用した稚拙な文章だと思う。でも十分、言いたいことは伝わった。しわや癖の付いた国語辞典を引きながら必死で鉛筆を動かす栄歩美の姿が目に浮かぶ。便箋は消し跡で黒ずみ、よれてしまっている。最後の質問は、医者を知っているかというよりは、真実を知りたいかという質問なのだろう。遠回しに聞けるくらいの国語力は身に着けているらしい。


 窓の外はすっかり暗くなっていて、冷たい風が向かいのてるてる坊主を揺らしている。どことなくふわふわしていて、どうしても大人に見えなくて、ドジで、嘘つくことが下手で、……なんだかんだ、私の味方だと、思っていたのに。

最初から騙されていたなんて知ったら、やる気なんて毛頭無くなるじゃない。

私の味方じゃなくて、私があなたの味方だったなんて。ああ、駄目だなあ。やっぱり私は、単純すぎる子供なんだ__

世間知らずで、単純で、自分は周りよりも上手く立ち回れてると思い込んでいる、ただの馬鹿な子供。


「先生、意外と頭良かったんだね。まあ、私なんて誰でも騙せるんだろうけど」

淡いグリーンで塗装されたフォトフレームに声をかける。5年生の時、自然学校で撮った集合写真。これが私とあなたが同じ枠の中に納まった、たったひとつの代物。あ、海渡くんも入ってたっけ。

「私は誰かの友達に相応しい人間なのかな。海渡くんはあんな事言ってくれてたけど、正直心配だな。私も海渡くんも、単純だからなあ」

苦笑する私の顔を、無神経に窓が映す。

友達だってちゃんと言ってくれたの、海渡くんが初めてだった。

私も、言いたい。誰かに。私は友達だと思ってるよ、って。

まずはあの二人からだな。上手くできるかわからないけれど、やってみて損はないよね。

先生とはどうしてもなれないってことは、流石に分かるけど、分かってるんだけど。

こんな結末って、苦しすぎやしませんか……?


 月は、冷たく少女を照らす。ぼろぼろと零れる涙が、呼応するように鈍く光を反射していた。

大分落ち着いてきたので更新速度を少しずつ速めます。

但しまだ不定期には変わりないので良ければブックマークしておいてください。

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