富士原哀菜 2時間目
メールよりお手紙の方が気持ちが伝わりやすくて、私は好きです。
割りと呆気なかった。
適当に噂を流して、「栄さんってなにがしたいんだろうね」と囁くだけで、どろどろとした暗い空気が生まれた。
彼女の半径2m以内には誰も入ることがなくなった。
触れたものには触らない。
歩いた後を避けると、獣道が浮かび上がる。
日に日に生気が失われる彼女の顔を眺めながら、せっせと噂をする。
正直、こんな人と友達になりたくない。
人と話すことを嫌う人と友達になったところで、なんの利益もない。何が報酬だ。
それでも、もし、これを失敗したときにどうなるか考えると、寒気がする。
あの先生の頼み事なのに、怒っても怖そうだと思えないのに、
完遂することが私の使命であるかのように進めた。
果たして、それは完璧に成功した。
これが、栄歩美のもうひとつの人格__
「あたしのなまえ?栄実里、だよ?それがどうしたの?歩美ちゃんはあたしのなまえなんてつたえなくていいってかいてくれてたよ?」
栄実里。
栄歩美から実った少女__
純粋な女の子、という印象を受けた。外見は私たちと同じ人種とは思えなかったが、喋り口や仕草を見ていると悪い人間だとは思えなかった。こうして私を縛り上げる力があるとも思えない。
悪く言えば、「幼稚な子供」、だ。
書いてくれてたと言う事は、文章を介して会話をしているのだろうか。素直に疑問を持って、出来るだけ柔らかく投げかけた。
「うん。歩美ちゃんはね、いつもわたしにえてがみをくれるの。いっしゅうかんにいっかいくらいかなあ。ああ!それでね、きのうとどいたんだー!」
「何が書かれていたの?」
待ってましたとばかりに水色の封筒を取り出した。
「ふじわらあいなにこれをつたえるようにって。いまもってるから、よむね!」
中から1枚の便箋が入っていて、蛍光灯の光が真っ黒になったそれに遮られていた。
実里は小さく息を吸い込んで、これまでとは全く違う淡々とした口調で読み上げた。
「自分でも分からないことを話して、私から周りを遠ざけているあなたに、いくつか、伝えたいことがある。
まず一つ。あなたが私を嫌うことは無理ないと思う。あれは一生恨まれていても仕方のないことだと、自覚している。流石に小学生でも分かる。もう一度謝りたい。だから、いつか、気分が落ち着いたら話しかけてほしい。ゆっくりと、その時の話をしたい。」
栄歩美は私に何の危害も加えていないはずなのに、謝るべきことなんて何もないのに。私は混乱した。
「また、このような形で伝えることを許してほしい。どうも相手の気持ちが分からないまま正面から話すことは得意じゃない。実里も、人と会話することが苦手だから、今こうして話を聞いているときの状況が想像できる。怪我はさせないと思うから、安心してほしい。」
一層息を吸い込んで、栄実里は、文章をゆっくりと読んだ。
「まだ記憶が戻っていないかもしれないけれど、償いとして伝える。
貴方は、富士原愛菜は、小学6年生ではない。
同じくして、私、栄歩美も小学6年生ではない。
私たちはある大学病院の検体として取り扱われた、20歳の人間、だ。
そして今は、子供の実態を調べるために派遣されている。でも、何も記録していないだろう。それでいい。誰か、本物の小学6年生が日記か何かを書かされているはずだから。今あなたは混乱しているだろう。私も困惑した。つい最近まで12歳だと思っていたのに、初めての小学校生活を送っていたと思ったのに、2回目だったのだから。
私が2つの人格を持っているように、あなたも無くした記憶の代わりに何か障害を持っている。貴方の障害は……」
「もういい!いや!聞きたくない!読まないでそんな変な文章!いやだ!」
必死で体をよじらせながら叫んだ。頭の中がぐちゃぐちゃになっていき、ひどい倦怠感を覚えた。
「情緒の不安定、そして、その気持ちが他人にも移してしまうことだ。」
はっとして表情を窺うと、涙がにじんでいて、必死に感情を抑えていることが分かった。私が深呼吸をして涙をふくと、また元に戻って、それ以上読まずに便箋を仕舞った。
「あげる。あとはじぶんでよんで。もうわたしよめそうにないから。」
廊下に目をやると、人影が2つ、見えた。
身長から察するに、片方は結人先生だ。もう片方は、
気付いた途端、実里の目からまた、涙が溢れ出ていた。
表情は本人のものとは思えず、泣きたくて泣いてるようには見えない。
まるで、誰かの感情を写し取ったかのようだった。