富士原哀菜 1時間目
今どきの小学生は、服にお小遣いの大半を使うそうです。
栄歩美は、常に何かを持っている。
授業中はもちろん、休み時間でも鉛筆を持って何かを書いている。
給食中はどんな話にも聞く気がないようで、黙々と口に運ぶだけだ。
そこから見える彼女の気持ち。
そう、彼女は誰ともかかわる気がない。
常に誰かと一緒にいることで安息を得る私たちとは違い、一人でいることが彼女にとっての安息。
だから、無意識に「何か集中している」状態を作る。
「私に話しかけないで」というメッセージを休みなく送り続ける。
友達はいらないのだ。お荷物と言ってもいい。
「それでも助けたいんだ」
「邪魔するの間違いですよ、それ」
「彼女はもう一つの人格を持っている。その子はストレスが溜まると出てくるはずなんだ。それも、凶暴な、いや、狂暴な、と言った方がいいかな」
「もうすぐ溜まる、と?でもどうやって助けるんですか。まさか私に何か押し付けるんじゃ無いでしょうね」
この部屋に来るのは何度目だろうか。
他の病室と違って薬の匂いが弱いのはそもそも薬を扱わないからなのだが、それでも鼻がムズムズする。
くまやうさぎの絵が描かれたファンシーな壁紙には、この病院で世話になったのであろう子供の書いた絵が張り巡らせてある。
袖が合わなくて医者らしからぬ容姿になっているが、これがSSサイズらしい。
童顔、低身長。小学生でもコスプレすれば普通に通る。通っている。
小学5年生の頃に転校してきて、翌日に呼び出された。
「加賀結人は35歳だ」
「君にはバレそうだし、色々嗅ぎまわられると困るからね、先に伝えておくよ」
多分バレなかったと思う。完全に溶け込んでいた。
「あ、分かりました。私が栄さんをいじめて、その子を浮き上がらせろと言いたいんでしょう?」
「僕より愛菜ちゃんが精神科医になった方がいいかもね」
「私の精神を手術したくないです」
からかうようにこちらを見る。事態は割と切迫しているのに、だ。
「愛菜さんにミッションを与えよう。1つだけ、ね」
「報酬は?」
「うーん、ま、まずはミッションの内容からね」
「タダ働きはごめんですよ」
「分かってるから。分かってる。で、まあ大体はお察しの通りだけれど、何らかの形で栄歩美にストレスを与えてほしいんだ。精神的にくるものを。例えば、彼女にぶつかったすぐ後で鬼ごっこを始めるとか、ね。その後はこっちでどうにかするから」
シャーペンをコツコツと一定の間隔でたたく。煩わしいそれを片手で制止して、少しの怒りを感じながら、できるだけ感情を抑える。
「相当の報酬が必要な重労働ですよ」
「分かってる」
「担任には確実に伝えて下さいよ」
「もちろん」
「先生ヘマすること本当に多いんですから、絶対に何とかしてくださいよ、後処理」
「愛菜ちゃんの今まで通りの生活は保障するよ。それは前から最低賃金としていたはずだからね」
それでも相変わらず子供のような目で背もたれに体を預けている。
「で、報酬は?」
「栄歩美」
「いくら小6相手だからって、ふざけないで下さいよ」
「ふざけてないよ、君にお金を渡すわけにはいかないからね」
「人を渡すことの方がいけません」
「だから、友達にしてあげるってことだから、身売りとかそんなんじゃないから」
「からかってます?」
流石に焦っている。まあまあ、と私をなだめるように手を振って、
「正式に、よろしくお願いします」深々と頭を下げた。
「私も偉くなったなあ」
栄歩美を助けることは、
どうもやる気になれない。