釜上海途 6時間目
病院の匂いはちょっと変わっていて好きです。
「良く書けたね。本当に頑張ったよ」
「こ、これでいいんですよね」
「うん。あ、それと無理して標準語使わなくていいよ」
「いや、だいぶん慣れてきてしまっていて……敬語で話すのは別に大丈夫になってきました」
「そう。それはそれでいいことだね。」
総合医療センターの一番奥、こども精神科の診療室。
僕と同じような身長の先生はいつか「この身長のおかげでより君たちのことが分かるんだよ」と言っていた気がする。
優しそうな笑顔を浮かべながら、ノートを丁寧にめくっている。
これで何がよくなるのだろうか。
「あの、やっぱり僕文章って書くの苦手で……小説っぽくって思っても作文みたいになっていると思うんです」
「これで充分だよ。充分。君の気持ちがきちんと描かれた、立派な小説だよ」
こんなに褒めてくれるのは先生だけなんじゃないだろうか。
本気で他に思いつかない。
「で、これ、どうするんですか?」
「それは後のお楽しみ」
先生は変わらずニコニコしていて、ノートを小脇においてから言う。
「よし、じゃあ、もう君はここに来ることはないだろうから、これだけ言っておこうかな」
「なんですか?」
「僕はずうっと、君の友達だからね」
やさしく、暖かく、先生は僕の背中を撫でた。
さっきお母さんに渡された一冊のノート。
何だこれは。
誰がこんな話を書いたのだろう。
想像力が豊かすぎる。
そして、何よりも、
僕を主人公にしてくれるような変わった人を、僕は知らない。
今日もいつも通り、僕は登校する。