釜上海途 4時間目
学校散歩ほど楽しいものはありません。
「怖いの?」
5時間目が終わってすぐに教室からこっそり出て行って、階段を1つ1つ降りていく。
今日は5時間授業だったはずだから、廊下には誰も出てこなかった。
「べ、べべ別に?
ゆ、結人くんこそ、怖くないの?」
結人くんはぼうっと天井を見てから、
「お化け屋敷って、作り物ってわかってるからさ、怖くないよね」
と言った。
「そもそも僕、お化け屋敷入ったことないなあ」入るまでが怖すぎて、お化け屋敷どころかジェットコースターも乗れない。
「まあ、お化け自体怖くないよね。それで人が死んだとか聞いたことないし、そもそも僕らに触れないんじゃないかな、じゃあ何の影響もないと思うんだよね」
「い、いつかバチが当たるよ、絶対」靴箱によって下靴を取ってから、中庭に出ていく。
「海渡くんはお化けとか幽霊が何よりも一番怖いの?」
「う、うん、そうかな」結人くんはいつもより目を丸くして、僕の方を見た。
「海渡くんって、意外と強いんだね」
「どういうこと?」
「僕はね、お化けよりも幽霊よりも何よりも、ずっと怖いものがあるんだ」
「なに?」
「それはね……」結人くんはほうっと息をついた。
「人間、だよ」
腰が抜けそうになった。いつの間にか中庭は過ぎていて、あの建物へ続く小道を歩いていた。
「あ、そ、それじゃあさ」
中庭で咲いていた菜の花の匂いが風に乗ってきた。
「結人くんも、怖いんだ。人のこと言えないじゃん」
結人くんはそうだね、とうなずいてから、小さく笑った。
「やっぱり海渡くんも怖いんだ。最初からわかってたけどね」
「あ、う、うーん」
「一緒だね」にっこりと結人くんは笑って、僕の背中を撫でた。
部活動棟、3階。
美術室の前に僕らは立った。
予想は大当たりだった。ガラスの向こう側から蛍光灯の明かりが漏れていて、老朽化によって暗くチカチカしているものの人影が見えた。
身長は低そう。
髪型はショートカットか。男子がいる場合もあるけれど。
もう一人いるはずだけど、それは分からなかった。
隣を見ると、結人くんがまっすぐ部屋を見つめている。
いつものぼうっとした表情とは打って変わって、しっかりとした面持ちで拳を握っている。
正直なところ、乗り込んだところで僕に何ができるかどうか。結人くんもそうだ。計画なんて何にもないし、アドリブでうまく動けるくらい器用じゃない。
けれど。
あれを見たら行きたくなるじゃない。
助けたくなるじゃない。
結人くんが静かに引き戸を開けた。
今日覚えたこと。
結人くんは意外といっぱい考えている。