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令嬢の旦那様は魔王だった  作者: ワルイコ
3/10

 夜露を湛えた草叢が結婚衣装を濃く濡らして、黒を漆黒へと変貌させた。純潔の白ではなく、何物にも染まらない黒で着飾り、全ての召喚師サモナーに捧げられる供物とされる。父上は幼少の頃から悪いことでは無い――と言い聞かせてくれた。魔王と召喚師の血は度重なる婚姻で結ばれており、次代の王が召喚師の子供と言うことも多々あるそうで、魔物たちから伝聞によると不幸せに暮らす者は稀だそうだ。

 そう言われても、不安なものは不安だった。

 一度も会ったことの無い魔王を好きになれるかも分からなかった。

 不安が身体の表面を絡まり、汗となって肌に張り付く、心臓の音は聞こえないが不穏な苦痛が脈打つように全身を廻り、少しだけ吐き気もした。百年の節目まで初潮が来なかったのは秘伝の薬によるものだった。それが体調を良くするはずも無く、成長を続ける身体に極端な負荷となった。

 永久に童女のままかと思ったけど数日前から薬を服用することは止めて体調が晴れ渡るようになった。晴れ渡りすぎて感覚が鋭敏になっている。だから今更に怖いのだろう。

 美しい花嫁衣裳だった。これほどの衣装を作るのにどれほどのお金を使えば良かったのだろうか。嘔吐感が拭えなかった。私にも自尊心はある。召喚師サモナーとしての資質はあると思うけど、それは比較的優れているというだけだ。何が優れているかと言うと、魔力が並大抵では無いということだ。

 それだけだ。

 魔力だけある召喚師サモナーに魔王は興味を示すのだろうか……。私だけが不安なのだろうか、魔王だって変な女が来たら嫌がるに決まっている。そうしたら契約を破棄することだってあるかも知れない。そうなれば他の召喚師サモナー達は迷惑するはずだ。

 不安が蛇の如く絡まってくる。

 怖い、怖い、怖い……初めて家を出て私は上手く人生を乗りこなすことが出来るのだろうか。額から汗は流れ、息が荒くなった。椅子に座り、呼吸を整えていくと何とか自分を取り戻すことができた。

 まだ何も始まっていない……そう思うと、心が落ち着いてきた。基礎的な訓練ばかり行ってきて、圧倒的に足りないのは実践だった。実際何かをすると言うことが大の苦手になっていた。

 だから、こうなるのは当然……誰もが通る道だ。そう考えていくと、どんどん気持ちは落ち着いてきて、胸を張れるようになった。胸を張ると呼吸も落ち着き、水槽に沈んだ砂のように落ち着いた。

 成長期を経ていない胸は空気で膨らみ、花嫁衣裳を張った。

「良し……」

 私は気を取り直した。

 花嫁衣裳のペチコートの部分は大きく膨らませるために鯨の髭が使われていて、柔らかに靡くように薄い生地が重なられている。髪は波と渦が折り重なるように結い上げ、一見変に見えるけど何処と無く気品が感じられた。帽子はレースが折り重なったように作られ、髪形を崩さず、同時に見えるように工夫されていた。黒金剛石ブラックダイヤモンドの首飾りは街が買えそうなくらいに高価そうで、雪の結晶を思わせる幾何学的な形だった。

 私の姿が鏡に映っている。背景は窓で、その奥は夜だ。私の姿は背景の闇に消え入りそうなくらいに着飾られ、逆に肌の白さと装飾の華麗さが浮き立つようだった。

「綺麗に見えるだろうか」

 太陽を浴びるのを拒否した美白は、見るものによって美しく見えるのだろうか。それは病的な美しさで健全とはほど遠いものではないか。私自身は兄様の日焼けした健康的な肌が好きだった。日向ひなたの香りがしそうだから。

「準備は出来たか」

 父上が部屋の扉を叩いた。

 結局、兄様は戻ってこなかった。私は部屋の中で一人悲しみにくれていたが、窓の外が暗くなるにつれて悲しみより不安が勝ってきた。婚約の儀は真夜中に行われる。異世界にいる魔王の力が比較的強くなり、此岸と彼岸の結界が薄く弱体化させる。

 兄様の妹に生まれて、私は何も報いていなかった。父上は血の繋がらない私にお金をかけ、長兄たる兄様には厳しくしていた。後を継ぐのは兄様なのに、兄様は我侭も言わずに、私の事を気にかけてくれた。

「どうした」

「はい」

 扉を開けると父上が陰鬱な表情で立っていた。兄様が来ないのは分かっていたけど、母上の姿も無かった。

「母上は?」

「気分が優れなくてな」

「そうですか」

 その言葉に何もつけ足すことができなかった。

「父上、兄様は私の事を恨んでいるでしょうか?」

 私は同じようなことを、父上について兄様に聞いたのを思い出した。

「何故そう思う。仲の良い兄妹だったではないか」

「そうですか」

 父上には兄様の気持ちが分からないようだ。私が今まで気付こうとしなかったように、しかるべき時が来るまで誰もが気付こうとしないのかも知れなかった。

 私は部屋に戻り、日記を父上に渡した。

「これを兄様に」

「……分かった」

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