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令嬢の旦那様は魔王だった  作者: ワルイコ
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 いにしえに異世界の魔王と契約して産まれた召喚師サモナーは自らの血肉を捧げることで魔物を使役することができる。初代魔王の契約は次代にも受け継がれ、その契約はお互いの血肉に染み込み決して破られることが出来なくなった。

 その契約の一項目に書き込まれている文章があった。

 ――百年毎に魔王に乙女を捧げる。

 その乙女は魔王の許嫁と呼ばれ、人々の国が召喚師サモナーを恐れる由縁だった。婚姻で結ばれた関係は人々が恐れるのに十分だろう。

 でも、だからって召喚師サモナーが悪だなんて……。

「私たちは悪いと思われているの?」

「そうさ。普通の魔物なら人々を糧にして生きる。それを操る能力を持つ召喚師サモナーは魔物側だと思われても仕方が無い」

「そんなこと無いよ」

「事実そう思われているからね」

 慰めも効かない悲しさがあった。

「あの若い役人たちも本当は怖いはずだよ。魔物の巣にいるようなものだからね。気を張って顰め面をしているのも、怖さを醜さで覆い潰そうとしているのかも知れない」

 兄様の悲しみは深く、私も癒すことができなかった。

 ……本当の兄妹じゃないからかも知れない。

 本当の兄妹なら腹蔵なく話して、悪いことも良いことも何もかも話しているだろう。

 私たちは同じ館に住んでいるけど、血は半分しか繋がっていなかった。偉大なる召喚師である母上と館の持ち主である父上の子が兄様で、兄様の母上と流れ者の偉大なる召喚師との子が私だ。

 不義の娘では無い。

 魔王との契約の元に、最も能力の高いもの同士が子を成し、魔王の許嫁となることになっている。愛した夫のいる母上は見知らぬ男との子を産まされて、使命と愛の狭間で気が狂いかけ、精神の不調は体調にまで及んだ。高名だった召喚能力も落ちてしまった。まるで私に吸い上げられたように十歳は老けたようになり、全てを私に注ぎ込んでしまったようだ。

 母上は私に奪われたと思っている。一度髪を引っ張られて、豊頬ほうきょうを爪で引っかかれたことがある。父上はそれを見て母上を突き飛ばして、母の顔に癒えぬ傷を作ってしまった。だが私の傷のほうを父上は心配した。

 私の血肉は魔王の物――傷一つ付けば召喚師サモナー全てが破滅する恐れがあった。

 それまでも父上は私を疎んでいたが、母上を庇わなかったことを自らを恥じ、屈折した感情で私を恨んでいた。

 数ヵ月後には魔王に嫁ぐことになるけど、それまでに皆と仲良くしておきたかった。一度異界にいる魔王へ嫁いだら戻ってくることは殆ど不可能らしい、もう二度と会えないのかもしれないのだ。その時間を大切にしたかった。

「もう少し父上と仲良くしたかったわ」

 兄様は事情が分かっているので難しそうな顔をした。

「君はあまりにも母上にそっくりだけど、よーく見ると母上を上回っているからね。そういうのも父上を苦しめているのだろう」

「それが……駄目なの」

「自分の愛した人が衰えて、父上が母上に一目惚れした時の美しさを持った娘がいる。それは嫌だろうね。僕だったら嫌だ」

「そうなの……。だから父上は私が嫌いなのね」

「複雑なだけだよ。嫌いな訳じゃあない。だって良くしてくれるだろ」

 父上は余りある財産を注ぎ込み、金をかけて私を磨けるだけ磨かれた。どんな凡人でも金をかければかけた分だけ美しくなる。価値の最小単位である貨幣だから出来ることで、私も貨幣を注ぎ込んだ分だけ美しくなった。

 兄様は優しく髪を掻き上げてくれた。櫛で何度も梳かして、香油で艶をつけている髪は絹の糸のように細やかだった。幼児の頃の強張った髪質は霧散してしまった。

「この容貌だ。良い召喚師になれただろうけど」

「本当に?」

「僕よりも断然上だろうね。まあ、魔王の許嫁になると考えればおかしくないことだけど」

 召喚師サモナーは魔物に血肉を捧げて契約する。召喚師の資質は容貌の美しさと直結するといって過言ではなく、美しい兄様に褒められるということは、それだけでも誇らしいことだった。

「でも召喚師としては基本的な修行しかしていないからなぁ。それが惜しいよね」

 私は身の純潔だけではなく、魔物との契約も出来ないように管理されていた。力量は抜群にあっても、技量が追いつかないようにされていた。ひたすら基礎練習ばかり繰り返して応用練習はせず、体内には無尽蔵の魔力が漲っている。それは魔物たちにとって垂涎の糧であり、魔物にとって私ほど美味しい人間はいないだろう。

「今度はいつ旅に出てしまうの」

「……僕は明日の朝にでも旅に出る」

 近くへ買い物に出かけるような気軽さだった。

「お土産買ってきてね」

「どうだろう。婚約の儀の時に間に合うかどうか」

 嘘……。

 別れが近づいていたからだろうか。

 だから珍しく私の部屋で喋っていたのだろうか。

「悲しい顔をするな。まだ間に合わないと決まったわけじゃあない」

「でも……」

「間に合うようにするさ。まだ名前を知らないからな」

 私には名前が無い――名前すら魔王に捧げなければいけないからだ。嫁いだ時に魔王が私を名付けてくれるそうだ。

「約束よ。兄様」

「ああ、約束だ」

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