魔女
十年近くに及ぶ漂流だった。
親友ができ、親友は死に、家族は死に、大切なものは無くなった。
猫人族のノイも死に、兄様も死に、父上も死んだ。
彼らは私の中で生き続けている。
兄様は……私の右腕となり生きている。
血肉が削られるほどの戦いだった。
戦争と言ってもいい。
歴史書には書かれない、裏の歴史の戦いだった。
最後まで立っていた者が勝者なら、私が勝者なのだろう。
勝った時に寂しさしかなかった。
誰も称えてくれる者はいなかった。
――日陰は光りがそそがれないまま終わる。
戦いの代償は右腕だった。
そして――私は兄様の右腕を、私の体を融合させた。
私は合成獣となった。
旦那様に血肉を捧げたのに――私は生きるために兄様の肉体を受け入れた。右腕が無くなったときに、多くの思い出が削られたような気がした。
実際に記憶は薄れた。
母上も合成獣になったときに記憶を削られ、人格が混沌としてしまったのだろう。右腕だけでも影響は強く、時々何をしていたか分からなくなるほどだ。
それでも私は戻ってきた。
旦那様が私をどうするか分からなかったけど、死ぬとしても旦那様の手で死ねば本望だった。人間と魔物の寿命は違う。私は老けたけど、旦那様は昔のままの美しさを保っているだろう。
それでも良い……なのに……なのに……。
あの崖に、異世界への道は無かった。
季節が変わっても、私は待ち続けた。
そして――蝕が訪れた。
普通の日なら通れないかもしれないけど、蝕なら通れるはずだった。
だけど――そこにあるのは闇だった。
圧倒的な闇。
何もかもが無い闇だった。
そして思い出した。
ノイが最後に言った言葉……。
「魔王が闇に飲み込まれた」
そう言っていた。
確かに言っていた。
遺言のような言葉を、私は忘れていた。
これも右腕が無くなった影響だろうか。
そう……なのだろう。
母上が狂気に堕ちた様に……。
「私の愛は捧げたのに」
私は旦那様の真名を呼んでみた。
もしかしたら召喚できるかも知らないと思った。
でも不可能だった。
だけど、闇を見つけることができたら、呼びかけることができるかも知れない。
闇を見つけないといけない――。
闇を見つけるのは何十年もかかるかも知れない。
見つけることができない事象かもしれない。
それでも見つけなければならない。
……愛をあげたから。
10年近く前の愛では足りないだろうから。
私は再び会わなければいけない。
血肉の寿命が尽きるかもしれない。
骨髄も、心臓も、脳も老衰するかも知れない。
記憶も血肉さえ更新されるかも知れない。
私は私で無くなるかも知れない。
私は手帳に、私である情報を書き込んだ。
これで記憶が無くなっても、私の愛の在り処は消えることは無いだろう。
私は闇を探す旅に出た。
それが何万時間前か、私には分からなかった。
血も肉も変わってしまった。
本当の顔すら分からない、脳も変えてしまった。
私に残るのは手帳の情報だけだ。
記憶は無い。
本当の私は、闇に消えた旦那様――アルルカンの中にあるのだろう。
闇を探さなければならない。
私を取り戻すために……。
愛が素晴らしいものか分からないけど、闇の中に光りがあると信じている。
そのためには、私は何でもするだろう。
その果てに、愛を教えてくれた人がいるから……。




