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令嬢の旦那様は魔王だった  作者: ワルイコ
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 私のような境遇を深窓の令嬢と言うのだろう。宝玉のように愛でられて、高級な絹で磨かれるように育てられた。館の中で書物と遊び、招かれた先生たちから色んなことを学んだ。今日も頭が文字で充満して、耳から流れ出しそうなくらいに勉強した。

 本の中の人生も素晴らしいが、土に塗れる人生も羨ましかった。幸せの形は少なく、不幸の数は星の数ほどある。その言葉が寂しい心を慰めてくれる。

 久し振りに帰ってきた兄様あにさまが、私の部屋で蜂蜜入りの紅茶を飲みながら呆けていた。召喚師サモナーらしく美男子の兄様は村の女達から色目を使われていて、村の外で仕事をしていると美少女と勘違いされることもあるそうだ。

「故郷は良い、寂しさが安らぐ」

「私も外に出て遊びたいな……」

「僕のは仕事だぞ」

 兄様が私の童心を笑った。

 野道を菫が咲き乱れて、欠けた花びらが風に舞うのが美しかった。風に遊ばれた花びらを、窓から手を伸ばして指で挟んだ。めばほのかに甘く、そして苦い、野性味が体内に入ってくるようで心地良くなる。

「野原で花を摘みたいなぁ」

「花冠でも作って来ようか」

 兄様が持ってきたのは瓶詰めの蜂蜜だった。紅茶に入れて飲んでいるけど、私には味の違いは分からなかった。きっと分かる人には美味しいのだろう。

「外に出たいの」

「それは駄目だ。村の男達を信用しないわけでは無いけど、もしもの時があるからね」

 召喚師サモナーは魔に近いためか髪の色素が珍しいことが多い、窓外から見える村人たちの髪も極彩色で彩られている。だけど兄様は例外だった。兄様は優秀な召喚師候補と言われているけど、髪は黒毛ブルネットで、私と一緒だった。この髪の色のお陰で

他の人々と混じっても召喚師と気付かれなかった。黒髪以外にも、金髪、赤髪、茶髪などは目立たないけど、召喚師サモナーたちは青髪や緑髪、はては桃色の髪をしている人もいる。その中で、私たち兄妹は目立たない方だった。

「もしもの時なんてないよ」

「君は男と言うのを知らないからだ。僕も男だから分かるけど、男は馬鹿みたいに命を捨てる。そうしないと生命を感じることができないからね。やってはいけないことをして、馬鹿みたいに死ぬ人も多い、そういう人達を旅の中でよく見たよ」

「……怖いことを言うね」

「僕も大人になったからね。事実だと思うことは言うよ」

 兄様は私のために短刀で林檎を剥いてくれた。皮は驚くほど薄く、料理に手馴れている様子だ。兄様は召喚師としては大器だけど、父上から長い修行期間を課せられていて、商隊の護衛や一人で魔物退治など、独りで生きる術を自らの体験で学んでいる。

 本の中で万世を生きているけど、実体験で冒険をしたかった。兄様が出来るなら私にだって出来ないことは無い、年齢差があるから最初は戸惑うだろうけどすぐに追いつけるはずだ。

 だが、それは夢だ。

 私の人生は産まれる前から決まっている。

 私には許嫁がいて、異世界の魔王なのだから……。

 せめて顔や性格だけでも知っていれば気が楽なのだけど、相手はそれが叶わぬ身の上だ。

「美味しい林檎だ」

「そうだね」

 林檎を食べた時の感想も思い実感が篭っていた。きっと食事もままならぬ時があったのだろう。それを思い出して、苦痛を調味料にして味わっているのだろう。

 ……言葉の量は変わらないけど、質が変わったような気がする。

 こうやって年を重ねる毎に徐々に変わっていくのだろうか。いつまでも一緒にいると思っていた兄様はこうやって変わるのだろうか。

 『変わった気がする』――が重なり、原型が分からないほど変わるのだろうか……。

 それは怖い気がする。

 自分の知らない間に、愛している人が変わるなんて信じられなかった。

 兄様の眼が窓外に向いた。

 自然と眼を向けると、見知らぬ人達が歩いていた。

「役人が来ている」

「本当だ」

 窓外の二人はこちらに気付いていないようだ。

 この村は峻厳な山の頂にあり、国境線が村を縦断している。村の北にある荒地から、村の南にある唯一湧き水の辺りまで、波を打つように国境線がある。それは眼には見えなくて何処にあるか分からないけど、とても大事なもので、時には命よりも大事になるらしい。

 眼に見えないものにも価値はある。それを実感させてくれた。

 どちらの国の役人だろうか。役人がこの村にいるのは国境線を確認しに来るときだけだ。それは季節の節目の行事で、毎回違う人がやってくる。常に若い人で聡明そうだけど、どこか傲慢さが人相にでていた。顰め面で村人を見渡して、田舎者と思っている節がある。

「国境線の確認なんてどうやってしているんだろう」

「違うよ。本当は相手の国が侵略していないか確認しているんだよ」

「線を確認しに来ているんじゃ無くて?」

 館の外に出ることを許されている兄様は物知りだった。

「建前はそうだろうけど、地面に線は無いからね」

 私はそれを知っていたが、黙ったまま頷いた。

「この村を監視しに来ている――と言うのが大半だよ。何か悪いことをしていないかの確認」

 兄様の膝の上に猫が飛び乗り、気持ち良さそうに伸びて、寝た。猫人族ウェアキャットのノイが獣身のままで甘えて喉をゴロゴロ鳴らしている。子供の頃から育てているため、契約をせずとも問題ないくらいに大人しかった。ただ成獣になれば徐々に獣性が萌え始めて危険になるそうだ。ノイは兄様の召喚獣となる予定だけど、兄様が修行を終えるまでは契約しないらしい、契約できる魔物の数の制限は力量によって変わるので出来るだけ力をつけてから契約をしようとしているそうだ。

「監視しているのは、ここが召喚師サモナーの村だから?」

「そうだね。召喚師サモナーは悪だと思われているから」

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