鑑定が微妙に不親切
グロ描写あり注意
もう一度言おう。
俺の目の前、正確には左の視界に文字列が現れた。
モンスターに喰われかねない、この状況で。
邪魔すぎる。
文字に気をとられた隙にこちらに向かって突進してくる犬もどき。
足元の子分犬を蹴り上げ応戦。
まだかろうじて息があったっぽいそれはすごい勢いで飛び、犬もどきに叩きつけられる。
しかし、奴の勢いを殺すまではいかず、あわててその場から飛びのく。
直撃こそはしかったが足先を何かが、おそらくは奴の両脇の枝らしき物が掠め、俺は体勢を崩した。
無様に地面に叩きつけられながら転がり、黒ローブが撒き散らされた犬の血で汚れる。
どうにか立ち上がり、逃げ出したい気持ちを押さえつけながら奴に向き直った。
奴は何故か立ち止まり、こちらをじっと見詰めている。
余裕そうでなによりである、くそったれ。
たぶん、このまま走って逃げようとしても背を向けた瞬間、突進されて死ぬ。
ある程度離れられたとしても魔法で狩られる。
このまま回避しつづけるのも不安がある。
あっちのスタミナが先につきるか、俺が疲れて回避をミスするかの運試しに近い。
運に賭けねば詰みかねないこの状況。
どうせ賭けるならばと、俺は自分の持てる最高のスピードで文字列に目を通す。
予想通り、左目の視界に重なるように現れたそれは、奴のステータスだった。
種族:インカジヌ 種別:魔物 危険度:C
筋力:D 体力:C↑ 速度:D↓
精神:C 知性:D 大きさ:E
攻撃:D 耐久:C↑
技能:【戦意高揚】、【特殊装甲+】、指揮、咆哮、牙撃、爪撃、角撃
呪文:風刃
え? 情報薄くない? てかアルファベットでランク付け?
いや、数字で示されても分からないだろうけど。
ともかく情報は情報だ。
気になる部分は3つ。
矢印は普通よりアップしてるとか、そういう事なんだろう。
体力と耐久アップの原因は多分、【特殊装甲+】とやらの所為。
速度マイナスと【戦意高揚】の効果は分からん。
【】で区切られた技能と他の違いも分からん。
そして先ほど放たれた魔法であろう、風刃。
他のステータス表示が白い中、その文字だけが灰色になっている。
あ、白くなった。
そう思った瞬間、犬もどきの目の前に魔法陣が形成される。
そして発射される何か、白っぽいそれが風刃なんだろう。
横に跳び回避するも、噛まれた右腕を地面にぶつける。痛い。
続けて襲ってくる犬もどきの攻撃をなんとかかわしながら、ステータス確認。
風刃の表示は灰色に戻っていた。
どうやら、呪文を撃つにはある程度のチャージが必要な様だ。
さて、情報はある程度理解した。
弱点とかがわからないのは残念だが、高望みはしない。
敵の攻撃を避けながら、考える。
相手は耐久特化の化け物で、チャージが必要なものの呪文を放ってくる。
そして次のチャージまでは爪と牙、角を利用した突進。
対するこちらは武器なし防具なし、何とか攻撃をかわせる状況。
利点は相手のチャージ完了を確認できる事。
魔法発動の為なのか、そのタイミングで相手が動きを止める事。
そして魔法攻撃自体は回避が容易な事。
これらを踏まえ作戦を立てる。
『素手の打撃』が効かないなら、『素手の打撃』以外で攻撃すればいいじゃない。
幸い、『それ』は俺の近くに落ちている。
地面を無様に転がりながら突進を回避。
その勢いで同じく地面に転がった『それ』を拾う。
右手には子分犬の下半身。
右脚をしっかり握り構える。
左手には子分犬の上半身。
はらわた側から突っ込んだ左手がキモイが我慢。
突進してくる犬もどきを、左の簡易盾でいなしながら避ける。
角にぶつかった子分犬の頭部が変な風にねじれるが、衝撃の緩和自体には成功する。
そしてすれ違いざまに右手の即席棍棒で殴る。
あまり効いてる感じがしないが想定の範囲内だ。
再度の突進もいなす、いなす、いなす。
子分犬の頭がもげた頃に待ちかめていた瞬間が訪れる。
チャージ完了。
風刃の文字が白に戻り、奴が三度動きを止める。
予想通りだ。
奴は現在自分ができる最大限の攻撃しかしてこない!
魔法陣が発生すると同時に即席棍棒を投げる。
相手に届く直前、風刃に叩き切られる子分犬の下半身。
それを目くらましに全力で疾走。
俺を一瞬見失った様子の犬もどきへと肉薄する。
臭いで気づいたのかこちらへ目を向けるが、遅い。
奴へ組み付きながら、簡易盾を右手で引く。
そして盾から出てきた腸を奴の首へと巻き付けた。
相手の肩口に飛び乗り思いっきり腸を締める。
こいつが窒息死しなければ即座に終了の穴だらけな作戦だが、
この暴れようを見る限り大丈夫そうだ。大丈夫だと思いたい。
奴が暴れる度に背中や肩、頭に角が当たるが締め付けを緩めはしない。
犬の上半身は持ちにくいし、腸はヌルヌルして滑りそうだが絶対に離さない。
奴は俺を落とせない。脇腹の角が邪魔なのだ。
地面を転がり振り落とす事もできず、闇雲に暴れるだけだ。
どれくらいの時間が経ったんだろうか。
数十分にも感じるし数秒の様にも思う。
奴の動きは少しずつ鈍くなっている。
だが、完全に動かなくなるまで気は抜かない。
振り落とされたらこちらの負けだ。
不意に背筋に悪寒が走った。
俺の目の前に魔法陣が現れたのだ。
やばい、前以外にも撃て……
あわてて身を屈め風刃を回避。
しかし、そのまま体勢を崩し奴の体から振り落とされる。
急いで起き上がろうとするが、すでに遅かった。
仰向けに落ちた俺を押さえつける様に、奴が圧し掛かってくる。
右脚は顔の横に置かれ、左脚は俺の左肩に爪を立て置かれる。
それだけで動きを封じられてしまった。
右腕は何とか動かせるが、それだけである。
できる事は少ない。
そう、少ないのだ。無いわけではない。
例えば俺のすぐ横に落ちた奴の角。
風刃で切り落とされたそれを拾う事は容易い。
「死ねよ、化け物」
そう言って、俺は角を奴の眼に突き込んだ。
ふー、一時はどうなる事かと思った。
じゃないや、計画通り、計画通り。
さて勝ったはいいが満身創痍である。
全身が痛い。
早いとこ民家を見つけて治療しないと、あまりの痛さに死んじゃいそうである。
後、この死体はどうしようかな、犬5頭分。
肉食えたりする?
ん? 5頭?
1頭足りない。
慌てて周囲を確認しても気配は無い。
どうやら逃げられたらしい。まあ、いいけど。
とりあえず、1頭かろうじて生きてるっぽい。
トドメさす前に鑑定――俺命名――しておくか。
ボフッ!
何この音、あと何の煙だこれ?
音がした方へ目をやると、犬もどきの死体が消滅していた。
おい、待てやコラ。