紋章魔術と進化するスライム
歌が聞こえていた。
誰かが何処かで、俺の知らない歌を口ずさんでいる。
聞き覚えの無い調べ、理解のできない言葉。
だが何故だか唐突に、これは子守唄なのだと理解する。
そして感じる、やわらかな温もり。
今まで、感じた事のない暖かさ。
けれど俺はこの温度を知っている。
「母さん」
これは母の温もりなのだと思い出し、俺はゆっくりと意識を浮上させた。
「ママ……」
目を覚ましたら、幼女の抱き枕にされていた。
道理で暑苦しいわけだ。
寝巻き代わりに借りていた湯着が汗で濡れている。
眠っている幼女を引き剥がしながら、俺はベッドから降りた。
ここは村長宅。俺に宛がわれた部屋だ。
もちろん前日、幼女を部屋に招き入れた記憶は無い。
引きずり込んだ記憶も無い。
部屋に不法侵入し、あまつさえベッドに潜り込んで来るとは。
幼女の(社会的に)必殺技は今日もキレッキレである。
これが、同い年位の女の子とかだったら……美人局を疑うかな。
ベッドに潜り込んで許されるのは、俺的には恋人か犬猫くらいだ。
なんて事を考えながら汗を拭いていると、テプタちゃんがパチリと目を開ける。
彼女は、クリクリとした青い瞳に俺を映すと、太陽のような笑顔を見せた。
肩までの金髪を揺らしながら、俺に飛びついてくる。
マーサちゃんに着せてもらったのか、フリル付きの緑のワンピースが愛らしッ!
油断していた俺の太ももに、幼女の頭突きが容赦なく突き刺さる。
痛みで涙目になりながら、俺は黒ローブへと袖を通した。
「本が読みたい、ですか?」
幼女を膝に乗せながらの朝食――冷たい視線付きを終えた俺は、
昨日の考えを実行するべく、ミゲルさんに声を掛けていた。
「ええ、どんあ本でもいいんで、あれば読ませて欲しいんですけど」
俺の言葉にミゲルさんは少し思案した後、ある場所へと案内してくれた。
村長宅の一室、物置だろうその部屋には、何冊かの本や紙束が置かれている。
「祖父の遺した魔術関連の本です。
ここから持ち出さなければ、自由に読んで頂いて構いませんよ」
「ありがとうございます!」
仕事があるからと、名残惜しそうにその場を去るミゲルさんに礼を言う。
そして、俺はテプタちゃんと一緒に読書を開始した。
数分後、幼女を背中に貼り付けた俺は、魔術についての本を読み進めていた。
テプタちゃんは開始数分で飽きてしまい、背中にしがみついて足をパタパタさせている。
まあ幼女は放って置いて、今は魔術についてだ。
ここにある本には、紋章魔術という物について書かれている。
紋章魔術とは、文字通り紋章――魔法陣を使い起動する魔術だ。
人族の守護神である偉い神様が、大昔に教えてくれた物らしい。
魔術を使うには、紋章札や紋章板なる物を呪文一つにつき一個、用意しなければならない。
紙や木、金属でできた札や板等に紋章を刻み、その中心に魔焔石を据える。
魔術発動には銀製の発動体で魔焔石に触れ、術者の意思を通す。
そうすれば魔焔石より紋章へと『マナス』が流れ、精霊が紋章の意を受け魔術を発動する。
要するに、マーサちゃんが持っていた奴だ。
発動体は分からなかったけど、どこかに持っていたんだろうね。
ページを捲ると、更に興味深い事が書かれていた。
紋章魔術とは人族の守護神である偉い神様が、大昔に人間に教えてくれた物らしい。
だから、紋章魔術を使えるのは人のみなんだとか。
じゃあ魔風狼が使ってたのは何なんだと言うと、次にこう書かれている。
曰く、魔物や魔族、妖精等は精霊に直接働きかけて魔術を放つ。
逆に一部の亜人――特に獣に近しい姿の者達は、完全に魔術が使えない。
えっとつまり、魔物とかが使ってた魔術を、人間にも仕えるようにしたって事か。
この人族の守護神って神様が。
その割には、本の中に名前が一切書かれてないけど。
あと、幼女は事前準備せずに魔術が使えるらしい。
やっぱ強いのな幼女。
相当暇なのか、俺の背中から落ちて床を転がり始めてるけど。
ゴロゴロと横回転で床掃除をする様は、ただの幼女にしか見えない。
そして出てきたよ、魔族に亜人。
異世界ファンタジーの定番だね。
特に気になるのは、『獣に近しい姿の者』だ。
これはいわゆる獣人って事でいいのかな?
完全に獣姿か、耳とか一部だけ獣なのか。
どっちかは分からないけど、是非モフモフしたいものだ。
そして、気になるもう一つの種族。
まあ、多分居るだろうなとは思っていた。
だって、俺の種族が魔人だし。
やっぱり、俺は魔族って事でいいんだろうか?
うーん、バレたらヤバイフラグ?
いやでも人間と敵対してるとは限らないし。
とりあえず、バレない様にしといた方がいいのかも。
もう一つ気になるのが、魔族は紋章無しで魔術が使えるって記載だ。
昨日は使えなかったんだけど、これはどういう事なんだろう?
コツがいるのか、それとも俺は魔族ではないって事なのか。
本に集中できなくなって、適当にパラパラと捲ってみる。
後半は図鑑みたいになっているのか、紋章がいくつか描かれていた。
あ、なんとも憎らしい水妖を発見。
けどこうして見てみると、あっちこっち無駄が多いね、この紋章。
この辺なんて、構成を変えればもっと効率よくなりそうだけど。
おかしい……なんでそんな事がわかるんだ、俺?
わからない。
けれど、何かの構文や数式を読み解く様に、紋章の構成を理解できる。
【異言語理解】の効果、ではないよねさすがに。
試しに『水妖』をいろいろ弄ってみる。
『水妖』は空気中の水分を集め、ゼラチン状に固めて軽く動かす術式だ。
まずは水分同士の結束を強くした上で、ゴムの様な弾力と柔軟性を持たせる。
更に、ある程度の自由意志と粘着性を付与。
無駄な式を排除し効率化を図り、空いたスペースに規模拡大の式を突っ込む。
これが、俺の、ハイパースライムだっ!
ベチャッ、という音を立てて、床の上に水妖が現れる。
マーサちゃんが作り出した物より二回りほど大きく、弾力性と知性を高めたスライム。
それに横回転で幼女が突っ込んでくる。
ごめん、忘れてた。
哀れ、幼女は粘着性のあるスライムに絡めとられ、PTAには見せられない状態に。
手足や体に絡みつかれ、ブーブー言ってる幼女。
スライムがスカートを捲りあげるので、真っ白なパンツとか見えてるけど特に嬉しくはない。
てか自由意志=エロい行動ってどういう事だよスライム。
やるなら幼女じゃなくて、もっとこうさー、あるでしょ?
ほんと、誰得だよ。
少なくとも俺は得しないよ。
水妖を消し去って、幼女を助け出す。
とりあえず、今度やる時は服を溶かす機能搭載して幼女以外に試そう。
解放されたテプタちゃんは頬を膨らませると、俺の太ももをポカポカ殴ってきた。
痛いよ、やめてくれ。
まあともかく、紋章なしで魔術を使える事は確認した。
確認したけど、紋章とか魔族以前の問題だよね、これ。
あからさまにチート能力だし。
バレたら迫害コース一直線っぽいんだが、どうしよう。