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OHURO回「待たせたな、お前達」

前半別視点です

「はぁ、疲れたよ~」


暖かいお湯に浸かりながら、わたしは一つ溜息を吐いた。

二人で入っても広い、家自慢のお風呂の中。

わたしはテプタ様と一緒に、浴槽で温まっていた。

テプタ様は何が楽しいのか、お湯の中に潜ったりして遊んでいる。

体を洗っている最中は不機嫌だったのに、もう機嫌が直ったらしい。


本当に、今日はいろんな事があった。

朝はいつもどおり、何の変哲も無い一日の始まりだったのに。

昼に、魔風狼討伐依頼を受けた探索者の人達が来たのだ。

お父さんが、ギルドへ依頼を出した事は知っていた。

けど、こんなに早く村へ来てくれるとは思ってなかったので驚いたし、

その中にジョアン兄さんが居た事にも驚いた。

それに、探索者さんが騎士に乗ってきたのにも、ビックリした。

お父さんに連れられて行った街で、騎士の姿を見かけた事は何度かある。

けど、こんなに近くで見たのは初めてで、少し興奮した。

見た事のあるわたしでも、そうなのだ。

お話でしか聞いた事のない村の子達は、目を輝かせて騎士を見つめていた。

おそらく明日からは男の子達はもちろん女の子も混じって、騎乗手(ライダー)ごっこを始めるんだろう。

もしかしたら、その中から将来、探索者になりたいという子も出てくるのかもしれない。

それこそジョアン兄さんの様に。



ジョアン兄さん。

久しぶりに会った兄さんは、少し背が高くなっていた。

涙ぐむお母さんとわたしに、穏やかな笑みでただいまと言ってくれた兄さん。

日に焼けて雰囲気も変わってたけれど、やさしい笑顔だけは変わってなくて安心する。

帰ってきた兄さんはすぐに村の皆に囲まれて、土産話をせがまれていた。

皆、ジョアン兄さんが立派になったと褒めちぎっていたけれど、

お父さんだけは、無言でただ兄さんを眺めているだけだった。

久しぶりに帰ってきたのに、相変わらず二人の間に会話は無い。

騎士の乗り手になると言って、村を飛び出していった兄さん。

お父さんは兄さんの事を、まだ許していないんだろう。

ミゲル兄さんが何とかするって言ってたから、多分大丈夫だとは思う。

やっぱり、家族が話もしないなんて寂しい。



そういえば、彼の正体も探ってみると、ミゲル兄さんは言っていた。


彼。

ナナス君という名前の不思議な男の子。


昼食後、突然森の方に向かって走り出したテプタ様。

慌てて自作の紋章札を手に追いかけたけど、すぐに見失ってしまって。

そしてようやく見つけた時には、テプタ様は彼に抱きついていた。


そこまで考えて彼の、身体を、思い出し頬が熱くなる。

より熱いお湯に鼻まで沈め、顔の熱さを誤魔化した。


最初は彼を不審者だと思って、攻撃してしまった。

不意打ちで放った水妖は相手に向かって飛び、そして回避された。

続けて連続で放った呪文も、彼は余裕で回避する。

やはり人間と戦った事の無い、素人の攻撃は見え透いてるのだろう。


水妖は相手を傷つけるような呪文ではない。

けれど、攻撃は攻撃だ。

普通なら反撃されて当然だろう。

もちろん、わたしも攻撃され返されるものと思っていた。

しかし、彼はこちらに一切攻撃をしてこなかった。

こちらの攻撃をただ避けるだけだったのだ。

だが、わたしはテプタ様を逃がす事で頭がいっぱいになってて、その事に気付けなかった。

テプタ様を落さない様庇い、水妖で動きを止められた彼に、わたしは石弾を撃とうとした。

わたしはもう少しで彼に大怪我をさせる所だった。

いや、テプタ様が止めてくれなければ、彼は当たり所が悪く死んでたかもしれない。


それなのに。

事情を知って謝るわたしを、彼は笑顔で許してくれた。

本当に、不思議な人だった。


それでいて、ただ優しいだけじゃない。

話によると武器もなしに、魔風狼の群れを倒したらしい。

そう言って『傷一つない』風狼の毛皮を見せられて、

わたしはもちろん、探索者の人達もビックリしていた。

おそらく、彼は高位の紋章魔術――内部から破壊するような術式で、狼を仕留めたのだ。


そしてテプタ様とも心を通わせ、懐かれている。

お父さん達は、彼はプロの妖精狩りで、テプタ様を攫いに来たのかもしれないと言っていた。

けれど、わたしはそうは思わない。

もし彼が悪人なら、最初の時点でわたしを殺して逃げているだろう。

それに、とわたしはテプタ様を見る。

テプタ様があんなに懐く人が、悪い人とはどうしても思えなかった。



「6j56nwe.」


テプタ様は相変わらず、何かを喋っている。

エルク語――神々の言語かもしれないと言われる、誰も理解ができないとされていた言葉だ。

学究都市の偉い学者様ですら、意味のある言語ではないと解読を諦めた言葉。

それを彼は理解しているようだった。


『うちの祖父がエルク語を研究してたんだ』


何でもない事のように言っていたけど、彼のお爺さんは生涯を研究に捧げたに違いない。

そして言葉にはしなかったけれど、エルク語を理解する彼はその研究を継いで。

お爺さんの夢を叶えたのだ。

妖精様と会話し、心を通わせるという夢を。



「お爺ちゃん、か」


彼に比べて、わたしはどうだろうか。

思わずそう考えてしまった。


わたしは、村の同世代の子よりも、ほんの少し紋章魔術に詳しい。

それというのも、わたしのお爺ちゃん、お母さんのお父さんが紋章魔術の研究者だったからだ。

お爺ちゃんはわたしが生まれる前に死んでしまった為、会った事は無い。

けれど家の倉庫には、未だに整理されないままの紋章魔術の本や手記などが残っていたのだ。

わたしはそんな本を読んで日々を過ごし、魔術に興味を持つ。

そして、いつしかお爺ちゃんの様に、紋章魔術を学んでみたいと思うようになっていた。


……なっていたけれど。

その事を、家族に言い出す事はできなかった。

本格的に紋章魔術を学ぶとなると、帝都の大学に行かなければならない。

確かに、テプタ様のおかげで村に余裕はある。

けれどそれは、人手が足りてるという意味では決して無い。

それにお父さんはきっと、わたしが学問をする事を認めてくれないだろう。


だから、わたしはお爺ちゃんの魔術書を使って、こっそり勉強するだけに留めていた。

それ以上の事は望まない。そう、決めて気持ちに蓋をした。

けれど、ナナス君にあって、わたしは思ってしまったのだ。

わたしより年下だろう彼は、お爺さんの夢を継いで叶えた。

もし、家のお爺ちゃんが生きていたら、わたしに研究を継ぐ事を望むんだろうか?



「t3xjt@h.9」


「はいはい、そろそろ上がりますよ、テプタ様」


相変わらず遊んでいるテプタ様を抱き上げ、脱衣所へ向かう。

と、突然床へと飛び降り何事かを叫びながら、テプタ様が走り始めた。


「テプタ様!」


わたしの制止も聞かず、脱衣所のドアが勢いよく開かれる。


「お風呂で走ったら危な、い……」


ドアの向こう、湯気が晴れた先には、全裸のナナス君が呆然とした顔で立っていた。

その足にはテプタ様が抱きつき、頭を彼の太ももに擦り付けている。

初めて会った時と似たような状況。

彼は慌てて後ろを向き、ごめんと謝った。

その耳が赤く染まっているのを見て、思わず笑いそうになってしまう。


「ナナス君、どうしてここに?」


「お風呂に入ろうと思って……もちろん、ミゲルさんから許可は貰ったよ」


ミゲル兄さんは彼を信用する事にしたようだ。

その事に少し嬉しくなりながら、わたしは言った。


「いいよ、許してあげる。

 でも今度からは、ちゃんと確認するんだよ?」




================================================================




ふぅー、社会的に死ぬかと思った。

あの状況で許してくれるなんて、マーサちゃんはいい子だなぁ。

テプタちゃんを引き剥がすのも手伝ってくれたし。

怒る時に、ちょっとお姉さんぶってたのもポイント高い。

そんな事を考えながら湯船に体を沈め、一息吐く。


しかし、マーサちゃんって結構着痩せするタイプなんだな。

14歳とは思えないほどに、ある部分のボリュームがすごかった。

それに濡れた湯着が、体に貼りついて……

いけない、本格的に危険なんでやめておこう。


気を取り直して、村長さん宅の風呂を観察する。

そこは教室位の広さの空間だった。

大浴場と言うほどではないが、結構広い。

床はモザイク状のタイルが敷き詰められており、人や動物のような絵になっている。

壁から天井にかけては真っ白で、これまた真っ白い柱が数本、天井を支えている。

脱衣場へと続く扉から湯船を挟んで反対側。

そちらの壁には、俺の身長ほどある鏡が一枚。

そして、それ以外の壁ではランプのような形の物体が数個、淡い光を放っていた。

ランプといっても、中で火が燃えてる様ではない。

原理は分からないけど、光だけを発しているようだ。


さて、モザイクタイルの床に直接くっつく様に、大きな湯船が一つある。

湯船の真ん中には女性らしき像がついており、手にした壷からお湯が流れ出していた。

神像か何かなんだろうか?

彼女の足元、乗っている台座に何か文字が刻まれている。


『聖女曰く、守ったら負けだ、攻め続けろ』


ずいぶんとアグレッシブな聖女様だった。

言いたい事はわからんでもない。

しかし、【異言語理解】は文字でもオッケーらしい。

一般常識を知る為にも、誰かに本でも借りようかな。



【異言語理解】で思い出した。

もう一度、自分のステータスを確認しておこう。

最初の時はどうもパタパタしてたし、やっぱり『鑑定』ないのが気になるんだよね。

というわけで鏡に向かって、『鑑定』さんにお願いしてみる。



名前:ナナス 種族:魔人

職業:旅人 年齢:不詳

筋力:B 体力:C 速度:B

精神:A 知性:A 知識:F

魅力:C 体格:C

才能:なし

技能:【悪魔の瞳】、【根源の刻印】、【異言語理解】、体力自動回復・中、言いくるめ

呪文:風刃、水妖、石弾



やっぱり技能に『鑑定』は無い。

が、問題はそこじゃない。

名前がナナスになっている。

一瞬、文字化けが直ったのかと思ったけど、それなら俺の本名がなきゃおかしい。

これだと俺の本名がナナスって事になるが……

この名が頭に思い浮かんだとかなら分かるが、ただ噛んだだけのこれが本名なわけないし。

全然、わからん。


しかも、よく見たら技能と呪文が増えてるし。

技能、言いくるめはなんとなく分かる気もする。

笑って誤魔化してばかりだったし、ついさっきミゲルさんにデタラメ講座したしね。


けど、呪文はなんで増えた?

ラインナップは、一応見覚えのある呪文ばかりだけど。

やっぱりこれって、ラーニングって奴か?

俺の謎は深まるばかりだ。

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