突然ですが記憶がありません
激しい炎が視界を覆っていた。
目に映る全てが燃えていた。
男や女、子供に老人。
守るべきものも、そうでないものも皆等しく炎に包まれていた。
『あなたなんて生まなければよかった!』
意識を飲み込もうとする混濁を振り払い、少女に声をかける。
返事がない事は分かりきっていた。
俺の本当に守りたかった存在は、すでに絶命していた。
もう一度彼女の名を呼ぼうとしたが、俺の口からは言葉の代わりに血反吐が飛び出した。
『理由のない命なんてありません。この世の誰もが誰かを愛している。
誰かから愛されている。ええ、私はあなたを愛していますよ』
闇に沈もうとする精神を必死に繋ぎ止める。
何故そんな事をするのか、自分でも分からない。
すでに指の一本すら動かず、視線すら反らせない。
もう身体を蝕む熱すら感じないのに。
俺の生きる理由、俺の半身とも言うべき彼女はもう居ないのに。
『この世の全ては因果によって支配されている。幸運と不幸。
生と死。健やかなる者、病に苦しむ者。老いた兵が倒れる横で若き英雄が生まれる。
世界の全てが原因となり結果となる。バタフライエフェクト。意味のない事など存在しない。
そう、我等の出会いも運命であり、前世から今世、来世まで繋がる因果なのだ!』
虚無へ消えようとする意識で思う。
口を開けば喧嘩ばかりだったけど、やはり彼女は掛け替えのない存在だった。
意識が、記憶が混沌に呑まれる。
この想いも何かも消える、未練もない。
これで終わり。
「それで結局、君はどうしたいのかな?」
おれは。
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気がつくとそこは平原だった。
「は?」
見渡す限りの草、草、草で道らしき物はない。
遠くには草の緑と空の青でできた地平線。
まったく見覚えのない景色だ。
いや、草しかないので見覚えもへったくれもないけど、どう考えても日本じゃないよな。
あ、一応別方向に森っぽいのもあるし草だけじゃないか。
そんな事を考えながら自分の体を見下ろす。
両手があって胴体があって両足がある。
着ている黒い服、生地の薄いバスローブか入院服?に見覚えはないが、五体に異常はない。
少し覚えたダルさのような違和感も、手足を軽く動かすとすぐに消える。
あれだけの炎で火傷一つないって、俺はサイボーグか何かかよ。
炎?
不意に思い出す、目の前全てが炎に包まれる光景。
慌てて身体のあちこちを触ってみるが火傷どころか煤一つついていない。
「リアルな夢、だったのか?」
そうかもしれない。
というか傷一つ無いし、状況もよく思い出せないし。
思い返そうとしても、ほのお~ってイメージしか残ってない。
典型的な夢だよな、うん。
それよりも重要なのは、この歳で迷子になってるっぽい今の状況だろう。
高校生にもなって迷子である。
あいつに知られたら、弄り倒される事間違いなしだ。
「……あれ?」
一瞬、違和感を覚える。
漫画のページを捲ったら白紙だったと言うか、歩いてたら前触れも無く道が途切れたと言うか。
そうだ、それより道だよ道。
道もないような広っぱに一人って、どうやって来たんだっけ?
たしか、えーっと、あれ?
「いやいやいやいや」
頭を抱えてウンウン唸ってみても、ここまで来た方法も道のりも思い出せない。
オーケー、落ち着け、深呼吸だ。
こういう場合こそ迷子札の活用だ。そんなものはない?
迷子札なんて無くても、自分の名前と住所が分かれば十分だろう。あと電話番号。
「……いやいやいやいやいや」
ワッツ?ちょっと待て、待ってくれ。
どうして何も出てこない?
頭を抱えてウォンウォン喚こうが、ヘッドバンキングしようが何も思い浮かばないんだが?
両親の名前は? 駄目だ、顔すら出てこない。
じゃあ、兄弟や姉妹は?
『まったく、兄さんは優柔不断なんだから。もし一人だったら何もできないんじゃない?』
……そうだ、俺には、妹が一人いた。
だが、それだけしか思い出せない。妹の顔も名前も出てこない。
それ以外もそうだ。学校名、恩師、友人、恋人……考えても何も出てこなかった。
頭が痛くなるほど考え抜いて出た結論は一つだった。
どうやら俺は記憶喪失らしい。