震災
地震だった。誘導に従い、香織は逃げ出した。
夫は後ろにおいてきた。意識にもなかった。
ガラス窓が振動している。割れたら危険だ。
ガラスが割れても届かなさそうな芝生にしゃがんで、香織は母親にメールした。
「地震 無事」
まだ回線は混雑していなかった。香織はそれから夫のことを思い出して辺りを見渡し、建物の近くに戻った。職員はまだ3月の寒い外に出された市民のために、ジャージなどを渡していた。
夫とは程無くして合流できたが、そこは舞浜である。ディズニーリゾートからこちらに歩く行列が見えた。
「帰ろう」
「避難所はここよ」
「ここはディズニーリゾートからの難民であふれる。自宅に帰ろう」
夫は、液状化した駐輪場から、半分泥に埋まっていた自転車を救出した。
アスファルトは、瓦礫と化していた。
帰り道のスーパーの水は売り切れていた。香織は、食糧を買って帰った。
夜、香織の親友である梨華から連絡があった。
美容室から自宅に帰れないらしい。
香織は、家に来ていいよと言った。
それで夫は、眠れない夜を過ごすことになる。
香織はコーヒーを淹れた。2011年3月11日が、終わった。
翌朝香織は近所のスーパーで大量に買い物をして帰ってきた。
何故夫はこの非常時に惰眠を貪っているのか理解できない。
水がない恐怖を知らないのだろうか?
こいつは、95年1月17日以降のニュースを見たことがないのか?それとも覚えていないのか?
香織にとって、大震災は、則死乃至避難所暮らしを意味した。
香織は、ショートスリーパーである。夫が昨夜眠れなかったことに、何も感じていなかった。