第5話 天才魔法使い
「さっき逃げたやつを、追いかける」
剣士は、そう言うなり走り出していた。
躊躇がない。
決断と行動が、完全に一致している。
かずしも反射的に後を追った。
「俺も一緒に! 」
返事はない。
ただ速い。
地面を蹴る音が軽い。
距離が開く、そう思った瞬間。
彼女は横に並ぶ気配に気づいた。
振り向く。
「ひえっ!」
「え!? どうかした?」
かずしが普通に並走していた。
息も乱れていない。
少女の目が、わずかに見開かれる。
『……速い』
魔法使いは、本来、前線には立たない。
体力も、機動力も、剣士には劣る。
だが、この男は違う。
肉体強化。
筋繊維一本単位で、魔力を流している。
無駄が、ゼロだった。
「倒しに行くんだよね?」
かずしが言う。
少女は頷く
「巣に戻る。親玉の場所が分かる唯一の機会」
短い説明。
合理的だった。
「力になりたい」
少女は彼を見る。
数秒。
判断。
「……分かった」
拒絶しなかった。
理由は単純だ。
この男は、使える。
本能がそう告げていた。
やがて。
少女が止まる。
ブラックゴブリンが洞窟に入っていく。
「あそこだね、もういく?」
「……っ」
少女の呼吸が乱れていた。
かずしは、すぐに気づいた。
【本質看破:発動】
――対象:少女剣士
【限界】
身体の損傷。
魔力循環の破綻。
それでも、無理に動いていた。
「座って」
「問題な――」
言い終わる前に、
少女の身体が崩れた。
かずしが支える。
触れた瞬間、理解した。
熱い。
異常な熱だった。
【本質看破:発動】
――対象:少女剣士
表示された情報に、かずしは息を呑む。
【呪術干渉:継続中】
【生命力:慢性的減衰】
【原因:不明/外部固定型】
『呪い……?』
ただの疲労ではない。
もっと前からだ。
ずっと身体の奥に、
“異物”が存在している。
魔力の流れに、明らかな淀みがあった。
誰かが意図的に埋め込んだ、
見えない楔。
少女は言う。
「問題ない……慣れてる……」
慣れてる、という言葉が異常だった。
かずしの中で、何かが静かに燃えた。
「……いいから、座って」
「大丈夫だ、こんなの――」
言い終わる前に、崩れ落ちる。
かずしが抱き止めた。
柔らかい。
近い。
顔が、近い。
『うわ、ち、近い……!』
心臓が跳ねる。
髪の匂いがする。
細い。
軽い。
『そんなこと言ってる場合ではない!!』
「ここだと危ない。移動する。ちょっと持ち上げるよ。」
かずしは、理解する。
このままでは、この子は死ぬかもしれない。
かずしは、少女の背に手を当てた。
目を閉じる。
構造を見る。
呪いは、確かに存在していた。
理論上は、排除できる。
ただし、
失敗すれば、少女の魔力回路ごと破壊する。
かずしは、深く息を吸った。
魔物さえいなければ―
俺はできる。
【魔力構造分解:開始】
触れる。
優しく。
壊さないように。
絡まった糸を、一本ずつほどくように。
呪いが抵抗する。
排除されることを拒む。
だが、かずしは押さえ込まなかった。
“理解”した。
構造を読み、
存在を定義し、
そして――消去する。
静かに。
完全に。
やがて、異物が、消えた。
少女の身体から完全に。
少女の呼吸が変わる。
軽くなる。
循環が、正常に戻る。
命が、本来の流れを取り戻す。
少女が、ゆっくりと目を開けた。
「……あれ」
身体が軽い。
今までずっとあった、
見えない重さが消えている。
「……なんで……?」
かずしは、少し疲れた顔で笑った。
「もう、大丈夫だよ」
少女の目が、揺れた。
「私の呪いを……」
「う、うん……多分……全部消せたはず」
少女の目から、涙がこぼれた。
「この呪いとは、一生付き合っていくものだと思っていた……」
かずしは、少し照れたように言った。
「よ、良かったよ」
その夜、二人は野営した。
かずしは魔法で、結界を張り、結界内の温度を調整し、
まるで、コテージのような完璧な寝床を作った。
少女は毛布に包まりながら、かずしを見る。
『この人は……』
命の恩人だ。
かずしは逆に落ち着かなかった。
隣に、女の子がいる。
近い。
静かだ。
意識してしまう。
『寝れない……』
心臓がうるさい。
沈黙の中、少女が口を開いた。
「お兄さん、名前は?」
「え? あ、えっと……かずしです」
「かずしさん……私は、リナ」
「リナさん……」
名前を知っただけなのに、
距離が少し変わった気がした。
その夜、かずしはほとんど眠れなかった。
翌朝。
二人は、洞窟に移動した。
「もうやるんだね」
「やれる時にやる」
『この子は、いったいこれまでどんな』
かずしは、洞窟に進む彼女を見てそう思った。
親玉はすぐに出てきた。
巨大なブラックゴブリン。
圧倒的威圧。
かずしの身体は凍りついた。
怖い。
動けない。
だが、
リナは違った。
もう呪いはない。
本来の力。
一閃。
親玉は、両断された。
「こんな強い奴がいるなんて来てないぞ」
ブラックゴブリンの親玉をあっけなく倒す。
これが調子が戻ったリナ。
リナは振り返る。
「ありがとう」
まっすぐ、かずしを見る。
「私は、魔族を殺すために旅をしている」
かずしは答える。
「俺は……ギルドで魔物を殺して金を稼ぐ必要があって」
ミーナ達の顔が浮かぶ。
「奪われた人たちを、取り戻すために」
リナは頷いた。
「私は、お金はそんなに入りません。
良かったら、一緒に旅しませんか?」
かずしは言った。
「お、俺、実は、魔物がいると怖くて
動けなくなるんだ……」
「はい」
沈黙。
「え? えっと、だから一緒に行っても俺は邪魔になるかもで」
「えっと、今のところは、私が魔物を倒して、かずしさんには
それ以外をサポートしていただけたらと」
「え?? 」
「かずしさん、自己評価低いですか?」」
「だって、俺は期待はずれ……」
「それに、命の恩人なのでお金が必要であれば、
お手伝いしたいです」
「そ、それは嬉しいんだけど」
少しかずしは考えたが答えは決まっていた。
「リナさん、お願いします。」
「はい。こちらこそです。 私のことはリナと読んでください」
「は、はい!」
『女の子を呼び捨てにするなんて初めてだ』
「俺のことも、かずしと読んでください」
「いえ、かずしさんは、かずしさんです」
「ん? 」
『俺って、やっぱおっさん扱い?? 』
「あ、うん。えっと、旅のその前に……家族に、挨拶したい方村によってもいいかな?」
村には、もしかしたら、もう戻れないかもしれない。
両親に、一旦の別れを告げたい。
リナは静かに頷いた。
「一緒に行きましょう」
二人は、村へ向かった。




