表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
臨界レコード― Dead Men Tell No Tales  作者: 優未緋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/17

9

第9話

天才の工房


工業区の朝は遅い。


夜通し動いていた工場の機械が止まり、重たい静けさが街に戻る頃、久世玲のガレージのシャッターがゆっくりと持ち上がった。


鉄が擦れる音。


朝の光が細く差し込み、ガレージの奥を照らす。


そこには一台の車があった。


ガンメタのボディ。


トヨタ・スープラ。


長いボンネットと低い車高。電動車が主流になったこの時代では、もう珍しい純粋なエンジン車だ。


久世はボンネットを開け、エンジンルームを覗き込んでいた。


義手の指先でパイプを軽く叩く。


コン、と乾いた金属音。


久世は少しだけ眉を上げる。


「まだ元気ね」


後ろから声がした。


「機械は裏切らないからな」


久世は振り向かない。


「人間よりはね」


黒瀬だった。


ガレージの入口にもたれ、大きな体を壁に預けている。片手には紙コップのコーヒー。


もう片手には煙草。


黒瀬はゆっくりガレージに入ってくる。


スープラの横に立ち、車体を軽く叩いた。


「相変わらずだな、この車」


久世はボンネットを閉じた。


鈍い音。


「古いメカが好きなの」


黒瀬はコーヒーを飲む。


「神代が聞いたら怒るぞ」


久世はポケットから煙草を取り出す。


一本。


口にくわえる。


火をつける。


煙を吐く。


「神代は新しいメカが好き」


黒瀬は笑った。


「同じだろ」


久世


「全然違う」


少し沈黙。


工業区の風がガレージの奥へ吹き込む。


黒瀬が言った。


「石川のとこ、行ったのか」


久世は煙を吐く。


「昨日」


黒瀬


「まだ寝てたか」


「いつも通り」


煙がゆっくり天井へ上がる。


黒瀬はコーヒーを飲みながら言った。


「そうか」


少し間。


黒瀬が口の端で笑う。


「今度俺も行く」


久世は横目で見る。


「この前も言ってた」


黒瀬は肩をすくめる。


「タイミングがな」


その時だった。


ガレージ奥のモニターが点灯した。


エニマの声。


「隊長ォ」


久世


「何」


「神代から通信」


黒瀬が顔を上げる。


「お、噂をすれば」


モニターに映像が出る。


研究所の天井。


カメラがぶれる。


そして。


神代の顔が画面いっぱいに現れた。


「久世隊長ォォ!!」


久世は煙を吐く。


「朝からうるさいわね」


神代は興奮していた。


「来たまえ!!」


「素晴らしいものが出来た!!」


久世


「また変なの?」


神代


「変とはなんだネ変とは!!」


神代はさらに身を乗り出す。


「黒瀬もいるのだろう!!」


黒瀬がモニターを覗く。


「久しぶりだな天才」


神代が固まる。


数秒。


沈黙。


そして。


「黒瀬ぇぇぇぇぇ!!」


研究室の奥で何かが倒れる音がした。


神代は叫ぶ。


「いいタイミングだ!!」


「君たち二人とも来たまえ!!」


「見せたいものがある!!」


久世


「仕事?」


神代


「もっといい!!」


「兵器だ!!」


黒瀬が笑う。


「行くか」


久世は煙草を灰皿に押し付ける。


火が消える。


スープラのキーを手に取る。


「仕方ないわね」


エンジンが目を覚ました。


低い音がガレージに響く。




スープラは朝の新東京を滑るように走っていた。


高層ビルの谷間。ガラスの壁面に朝日が反射し、都市全体が白く光っている。空には配送ドローン。道路には自動運転車の列。歩道では義体広告のホログラムが浮かび、人工筋肉や神経リンクの宣伝が繰り返されている。


その中を、スープラのエンジン音だけが少し異質だった。


黒瀬は助手席で窓の外を眺めている。


「相変わらずだな、この街」


久世は前を見たまま言う。


「何が」


「機械ばっかりだ」


久世は少しだけ笑う。


「今さら?」


黒瀬は肩をすくめた。


「戦場よりは静かだ」


信号を一つ越える。


都市の中心区画に入ると、建物の雰囲気が変わる。政府機関、研究施設、企業の本社。警備ドローンの数も増える。


久世はスープラを地下駐車場へ滑り込ませた。


国家先端技術研究機構。


通称、技研。


車を止めると、黒瀬が言う。


「ここ来るの久しぶりだな」


久世はドアを開ける。


「私はたまに来てる」


「神代の暴走止めに?」


「そう」


二人はエレベーターへ向かった。


金属の扉。


警備カメラ。


スキャン装置。


久世が端末にカードをかざす。


認証音。


エレベーターが開く。


中は無機質な金属箱だった。


黒瀬がボタンを見る。


「地下三階?」


久世


「神代の巣」


エレベーターが下降する。


モーター音。


静かな振動。


黒瀬が壁にもたれた。


「相変わらずか?」


久世


「もっと悪化してる」


黒瀬が笑う。


「楽しみだな」


やがてエレベーターが止まる。


扉が開く。


地下研究区画。


長い金属廊下。


蛍光灯の白い光。


壁には配線とパイプが走っている。


廊下の奥。


一つの大きな扉。


その前で、二人は止まった。


扉が開く。


次の瞬間。


爆音。


「久世隊長じゃあないかねェ!!」


神代だった。


白衣。


髪はぼさぼさ。


目だけが異様に輝いている。


神代は両手を広げた。


「久しぶりだネ!!」


久世は眉をしかめる。


「もう隊長じゃない」


神代


「細かいことはどうでもいいんだヨ!!」


神代は久世の腕を掴む。


義手を持ち上げる。


「おお!!」


「また無理に動かしているねェ!!」


久世


「黙って点検してくれ天才君」


神代は嬉しそうに笑う。


「相変わらずだネ!!」


神代は急に黒瀬を見る。


動きが止まる。


数秒。


沈黙。


そして。


「黒瀬ぇぇぇぇ!!」


黒瀬が耳を押さえる。


「うるせぇ」


神代は黒瀬の肩を叩く。


「生きていたかネ!!」


黒瀬


「簡単には死なねぇよ」


神代


「素晴らしい!!」


神代は急に真剣な顔になる。


「ちょうどいい!!」


「二人とも!!」


神代は研究室の奥を指さした。


巨大なシャッター。


神代は笑う。


「見たまえ!!」


シャッターがゆっくり開いた。





重い金属音が研究室に響いた。


シャッターがゆっくり上がる。


その向こう。


広い格納スペース。


床には整備ライン。天井にはクレーンレール。壁には工具と武装パーツが並んでいる。


そして。


そこに並んでいた。


三つの影。


四本の脚。


低いシルエット。


金属装甲。


黒いボディ。


 


ケルベロス。


 


三機。


整然と並んでいた。


黒瀬の視線が止まる。


「……」


久世も黙って見ている。


神代が誇らしげに胸を張った。


「どうだネ!!」


「これこそ私の最新傑作!!」


神代は一機の前に立つ。


装甲を叩く。


コン、と硬い音。


「まず構造から説明しよう!!」


黒瀬が小さく笑う。


「始まったな」


久世


「長くなるわよ」


神代は気にしない。


「この機体は四脚構造!!」


「理由は単純!!」


神代は脚を指差す。


「都市戦闘において最も安定する機動方式だからだ!!」


「二脚は転ぶ!!」


「車輪は瓦礫に弱い!!」


「だが四脚は違う!!」


神代は床を指さす。


「階段!!」


「瓦礫!!」


「段差!!」


「全部突破できる!!」


黒瀬は機体を見回す。


脚の関節。


油圧シリンダー。


装甲。


「悪くねぇ」


神代のテンションがさらに上がる。


「そしてここだネ!!」


背部ユニットを指差す。


「エニマ搭載コア!!」


黒瀬


「AI制御か?」


神代


「違う!!」


「AI補助戦術兵器だ!!」


「エニマが戦術判断を補助する!!」


エニマの声が響く。


「隊長ォ」


「なんか褒められてる」


久世


「でしょうね」


神代はさらに機体を叩く。


「そしてこの装甲!!」


神代が指を鳴らす。


次の瞬間。


 


ケルベロスの姿が揺らいだ。


 


輪郭がぼやける。


装甲の色が背景と同化する。


床。


壁。


配管。


 


溶けるように消えた。


 


黒瀬が眉を上げる。


「光学迷彩か」


神代


「その通り!!」


「完全ではないが!!」


「人間の目にはまず認識できない!!」


神代はさらに腕を振る。


「そしてだネ!!」


「この三機!!」


神代が三機を順番に指差す。


「それぞれエニマ端末を持つ!!」


黒瀬


「三機全部?」


神代


「当然だ!!」


神代は指を鳴らす。


「つまりだネ!!」


「久世のエニマ!!」


「ケルベロスのエニマ!!」


「すべて同期可能!!」


神代は勢いよく言う。


「通信!!」


「通話!!」


「情報共有!!」


「戦術データリンク!!」


「すべてリアルタイム!!」


エニマ


「ネットワーク完成」


久世は煙草を取り出しながら言う。


「うるさいわね」


黒瀬はケルベロスの前に立つ。


機体を見上げる。


装甲。


センサー。


武装。


脚。


しばらく黙る。


そして言った。


「……いい」


久世


「気に入った?」


黒瀬


「かなり」


黒瀬は神代を見る。


「なあ」


神代


「なんだネ?」


黒瀬は笑った。


「俺にもエニマ頼むよ」


一瞬。


研究室が静かになる。


神代の顔がゆっくり笑う。


「いいとも!!」


神代は腕を広げる。


「黒瀬!!」


「君もエニマユーザーだ!!」


エニマ


「仲間増えた」


久世


「騒がしくなるわね」


神代は嬉しそうに笑った。


「素晴らしいだろう!!」




研究室の奥から、神代は小さなケースを持って戻ってきた。


黒い金属製の箱。


神代はそれを作業台の上に置く。


カチ、とロックを外す。


中には薄い銀色の装置が収まっていた。


神代が指でつまみ上げる。


「これがエニマ端末だネ」


黒瀬が身を乗り出す。


「思ったより小さいな」


神代


「当然だ!!」


「神経接続ユニットだからネ!!」


神代は黒瀬の側頭部を指差す。


「ここに埋め込む!!」


黒瀬は笑う。


「痛いか?」


神代


「多少ネ」


久世


「嘘ね」


神代


「うるさい!!」


神代は黒瀬の頭を覗き込む。


「君の義体、まだ東亜製だネ」


黒瀬


「軍用モデルだ」


神代


「素晴らしい!!」


「相性抜群だヨ!!」


黒瀬は椅子に座る。


「じゃあ頼む」


神代は器具を並べ始める。


工具。


ケーブル。


神経接続装置。


エニマの声。


「黒瀬」


黒瀬


「なんだ」


「よろしく」


黒瀬は少し笑った。


「こちらこそ」


神代が言う。


「動くなヨ」


次の瞬間。


小さな機械音。


カチ。


神代の手が素早く動く。


数秒。


それだけだった。


神代は装置を外す。


「終わりだ!!」


黒瀬


「もう?」


神代


「天才だからネ」


エニマの声が変わる。


今度は。


黒瀬の耳の奥から聞こえた。


「聞こえる?」


黒瀬の目が少し開く。


「……聞こえる」


久世が煙草をくわえたまま言う。


「どう?」


黒瀬


「面白い」


黒瀬は周囲を見回す。


神代。


久世。


ケルベロス。


すべての位置が頭の中に浮かぶ。


エニマ


「同期完了」


神代は嬉しそうに笑う。


「どうだネ!!」


黒瀬


「悪くねぇ」


その時だった。


神代が急にモニターを見た。


画面にログが流れている。


神代の表情が少し変わる。


久世


「何」


神代は画面を指差す。


「妙なログがある」


久世


「どこの」


神代


「都市ネットワーク」


エニマが静かに言う。


「……これ」


神代


「知っているのかネ?」


エニマ


「違う」


モニターには。


理解できない信号が流れていた。


制御ログではない。


通信でもない。


ただ。


 


観測している。


 


そんな信号だった。


黒瀬


「誰だ」


エニマ


「わからない」


神代は画面を見つめる。


「妙だネ」


「この都市」


「誰かが見ている」


研究室の奥。


ケルベロス三機が静かに立っている。


新しい戦力。


新しい仲間。


そして。


まだ見えない何か。


久世は煙を吐いた。


「面倒な街ね」


黒瀬が笑う。


「今さらだ」


神代は腕を組む。


「面白くなってきたネ」


エニマ


「そうだね」


地下研究室の天井で、機械の音が静かに鳴っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ