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臨界レコード― Dead Men Tell No Tales  作者: 優未緋


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第7話


情報の値段


新東京市の夜は、人工の光でできている。


ネオン。

ホログラム広告。

高架を走る無人車両のライト。


それらが雨に濡れたアスファルトの上で混ざり合い、街全体がゆっくりと呼吸しているように見えた。


スープラのエンジンが低く唸る。


直列六気筒の振動がハンドルを通して指先へ伝わってくる。


電子制御だらけのこの時代にあって、この車は少し古い。

エンジンの回転がそのまま車体に伝わる。

まるで機械の鼓動のような振動だった。


久世玲はアクセルを少しだけ緩めた。


エンジンの回転数が下がる。


ネオンがフロントガラスを横切り、赤、青、紫の光が車内を流れていく。


久世はタバコをくわえ、ライターを鳴らした。


火が小さく揺れる。


煙がゆっくりと車内に広がった。


「……この街は変わらないな」


煙を吐きながら呟く。


その瞬間、義眼の奥でエニマが声を出した。


「変わってるよォ」


少し弾んだ声。


「去年から監視カメラが三百二十台増えてる」


「あとドローン巡回も一・八倍」


久世は片手でハンドルを押さえたまま、煙を外へ吐く。


「お前はそういうことしか見ない」


エニマは楽しそうに言う。


「だって隊長、人間はあんまり変わらないでしょ」


少し間。


「でも機械はすぐ増える」


スープラは高架を降り、ネオン街へ入る。


ここは新東京市の商業区。


昼よりも夜の方が人が多い。


クラブの前で笑う若者。

裏路地に消える取引。

ドローンが静かに頭上を通り過ぎる。


すべてが混ざっている。


久世はゆっくりとブレーキを踏んだ。


スープラが路肩へ滑り込む。


エンジンを切る。


直6の振動がゆっくりと止まり、街の音が車内へ戻ってくる。


遠くで音楽。

誰かの笑い声。

どこかでガラスが割れる音。


久世はタバコを灰皿に押し付けた。


「降りるぞ」


ドアを押す。


湿った夜気が車内に流れ込む。


ネオンの光がボンネットを滑っていた。


エニマが言う。


「ここ久しぶり」


久世は車のドアを閉めた。


金属音が夜に響く。


「情報はここが早い」


少し間。


「裏の情報はな」



路地は細く暗かった。


ネオンの光は入口までしか届かない。

奥に進むほど、街の音が遠くなる。


久世はゆっくり歩く。


靴底が濡れたコンクリートを踏む音が小さく響く。


エニマが義眼の奥で囁く。


「隊長」


「カメラ三つ」


久世は止まらない。


「見せてるんだ」


路地の奥に古いビルがあった。


地下へ続く階段。


錆びた鉄の手すり。


久世はゆっくりと降りる。


靴が階段を踏むたび、乾いた音が反響する。


地下のドアを押す。


古いバーだった。


照明は暗い。


カウンターの奥でボトルが光っている。


客は三人。


誰もこちらを見ない。


久世はカウンターへ歩いた。


椅子を引く。


木の椅子が少し軋む。


座る。


店主が無言でグラスを置いた。


琥珀色の酒。


久世はグラスを持ち、少しだけ飲む。


アルコールが喉を焼いた。


そのとき。


奥の席から声がした。


「珍しい客だな」


軽い声。


笑っている。


久世は振り向かない。


「ミナト」


奥の席の男が立つ。


コートを羽織り、ゆっくり歩いてくる。


無精髭。

細い目。

口元に薄い笑い。


ミナトは久世の隣の椅子を引いた。


椅子の脚が床を擦る。


「生きてたか」


久世


「お前もな」


ミナトは店主に指を立てた。


「同じの」


グラスが置かれる。


ミナトは氷を回す。


カラン、と小さく音が鳴った。


「で?」


一口飲む。


「後処理屋がここに来るってことは」


「ろくでもない事件だろ」


久世はタバコに火をつける。


煙がゆっくりと上がる。


「義体暴走」


ミナトは眉を少し上げた。


「最近多いな」


久世


「ニュース見てるか」


ミナトは笑った。


「企業謝罪のやつ?」


「毎回同じ顔が並んで頭下げてる」


グラスを置く。


「東亜だろ」


久世は煙を吐いた。


「まだ名前は出てない」


ミナト


「出るわけない」


少し身を乗り出す。


「この街で義体って言ったら東亜だ」


少し間。


ミナトは声を落とした。


「でもな」


「今回のはちょっと変だ」


久世の目が細くなる。


「何が」


ミナト


「企業が回収に来てる」


「異常な速さで」


久世


「事故のあとか」


ミナトは笑った。


「違う」


グラスを回す。


氷が小さく鳴る。


「事故の前だ」


久世の指が灰皿を軽く叩く。


ミナトは続けた。


「現場に先にいる」


「企業の後処理屋がな」


少し間。


ミナトが言う。


「名前は一つ」


「東雲迅」


ミナトの口から出た名前は、バーの空気をほんの少しだけ冷たくした。


久世はタバコを口にくわえたまま、ライターを鳴らした。


火が小さく揺れる。


煙を吸い込み、ゆっくり吐く。


「聞いたことないな」


ミナトは肩をすくめた。


「そりゃそうだ」


グラスの氷を回す。


カラン、と乾いた音が鳴る。


「表に出る人間じゃない」


一口飲む。


「企業の後処理屋だからな」


久世の眉がわずかに動く。


「企業の、か」


ミナトは頷く。


「東亜重工精密」


その名前は、この街では特別だった。


義体。


軍用技術。


都市インフラ。


この街の身体を作っている企業。


ミナトが続ける。


「暴走義体」


「企業秘密」


「実験事故」


指を一本立てる。


「全部、あいつが処理する」


久世は灰皿に灰を落とした。


灰が小さく崩れる。


「便利な仕事だな」


ミナトは笑った。


「企業はな」


少し身を乗り出す。


「証拠が嫌いなんだ」


バーの照明がミナトの顔に影を落とす。


「だから証拠を消す」


久世はグラスを持ち上げ、少し飲んだ。


アルコールが喉を通る。


「それで?」


ミナトは指を鳴らす。


「問題はそこじゃない」


少し間。


「問題は」


グラスをカウンターに置く。


「速さだ」


久世


「速さ?」


ミナトは頷いた。


「現場に来るのが早すぎる」


「事故の通報より早い」


バーの奥で誰かが笑った。


しかしこの二人の間には、静かな空気が流れていた。


久世は煙を吐く。


「企業が監視してる」


ミナト


「それだけならいい」


少し間。


「だがな」


声が低くなる。


「事故の前からいる」


久世の目が細くなる。


ミナトはグラスを持ち上げた。


氷が溶け始めている。


「つまり」


「事故を知ってる」


久世


「……」


ミナト


「あるいは」


少し笑う。


「事故を作ってる」


バーの空調が静かに鳴る。


久世はタバコを灰皿に押し付けた。


「噂か」


ミナトは肩をすくめる。


「裏社会の情報なんて全部噂だ」


しかしその目は笑っていない。


「でもな」


「噂には元がある」


久世は椅子から立った。


椅子が小さく音を立てる。


「情報料は?」


ミナトは笑った。


「ツケだ」


久世


「珍しいな」


ミナト


「面白そうだからな」


久世はコートを整える。


「死ぬなよ」


ミナト


「お前こそ」



地下の階段を上る。


靴がコンクリートを踏む音が響く。


ドアを押す。


夜の空気が冷たい。


ネオンが濡れた路面を照らしている。


久世はスープラのドアを開けた。


シートに身体を沈める。


キーを回す。


直列六気筒が低く唸る。


エンジンの振動が戻ってくる。


エニマの声が聞こえた。


「隊長」


「東雲迅」


「データほとんどない」


久世はハンドルを握った。


「企業の人間だ」


「出ないのが普通だ」


エニマ


「でも」


少し間。


「この人」


「ちょっと変」


久世


「どう変だ」


エニマ


「事件の近くに必ずいる」


スープラがゆっくり動き出す。


ネオンの街を離れる。


エニマが続ける。


「事故」


「暴走」


「企業回収」


「全部」


久世


「全部?」


エニマ


「この人の近く」


久世はアクセルを踏んだ。


エンジンが唸る。


「……偶然だ」


エニマ


「偶然かな」


少し間。


「隊長」


「この街」


「ちょっと変だよ」


久世はフロントガラスの向こうを見る。


ネオンが流れていく。


「最初からだ」



都市ネットワーク。


どこかのサーバー。


ログが一行増える。


Observation continued


少し間。


Subjects detected


次の行。


Kuse Rei

Shinonome Jin


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