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第17話 湾岸事故
夜の湾岸高速は、都市の動脈のように光っていた。
八車線の道路を、白いヘッドライトと赤いテールランプが途切れることなく流れていく。車はほとんどが自動運転だ。速度も、車間距離も、レーン変更も、すべて都市交通AIが管理している。
だから事故は滅多に起きない。
起きるとすれば、人間が運転している古い車か、もしくは——
義体。
その事故は、湾岸高速のジャンクション手前で起きていた。
大型輸送車が横転している。
車体の横腹が道路に叩きつけられ、コンテナの側面が裂けていた。そこからケーブルや金属の破片が飛び出し、アスファルトの上に散乱している。
輸送車の前方には、乗用車が三台。
すべて自動運転車だ。
どれもブレーキの形跡を残したまま停止している。
道路には警察のドローンが三機浮いていた。
青い警告灯が回転している。
その光の中に、一台の車が滑り込んだ。
ガンメタのスープラ。
低いエンジン音を残して減速し、道路脇の非常帯に停車する。
エンジンが落ちる。
静かになる。
久世はハンドルから手を離した。
フロントガラスの向こうに、横転した輸送車が見える。
煙が薄く立っていた。
久世は一度だけ深く息を吐いた。
「……派手ね」
助手席の黒瀬が窓の外を見た。
「警察来てる」
凛が後部座席から身を乗り出す。
「でも封鎖してない」
蒼はドアを開けながら言った。
「まだ状況分かってない」
外に出ると、夜風が冷たかった。
遠くで海の匂いがする。
ドローンのモーター音が、上空で低く唸っている。
久世は煙草を取り出した。
一本くわえる。
ライターを鳴らす。
火が小さく揺れた。
煙をゆっくり吐く。
その間にも、目は現場を見ていた。
輸送車。
裂けたコンテナ。
散乱した金属。
そして。
足跡。
久世が煙を吐きながら言う。
「黒瀬」
黒瀬
「見えた」
アスファルトの上に、義体の足跡が残っている。
深い。
人間の足跡より明らかに重い。
凛が言う。
「逃げた?」
蒼
「違う」
蒼は輸送車の影を見ていた。
その瞬間。
ガンッ!!
金属音。
輸送車のコンテナが内側から叩かれる。
警察ドローンが一斉に向きを変えた。
センサーが赤く点灯する。
久世は煙草を指で挟んだまま言った。
「来るわよ」
次の瞬間。
コンテナが内側から破裂した。
鋼板が外側に吹き飛ぶ。
火花が散る。
煙の中から、黒い影が飛び出した。
義体。
身長二メートル近い。
装甲が半分剥がれている。
腕の関節から火花が散っていた。
義体は着地すると同時に周囲を見回した。
動きが不自然だ。
関節がぎこちなく動く。
だが、力は異常だった。
ドローンが警告音を鳴らす。
「停止せよ」
義体がドローンを見た。
一歩。
踏み出す。
次の瞬間。
義体の腕が振られた。
ドローンが一機、空中で砕けた。
破片がアスファルトに散る。
黒瀬が呟く。
「暴走だ」
久世は煙草を灰皿代わりの道路に落とした。
靴で踏み消す。
「凛」
凛
「分かってる」
凛は義眼のレンズを一瞬だけ光らせた。
視界拡張。
蒼はすでに動いている。
義体の後ろ側へ回り込む。
黒瀬がショットガンを持ち上げた。
ポンプを引く。
カシャッ。
金属音。
久世はコートの内側から拳銃を抜いた。
二丁。
義体がこちらを見た。
目のセンサーが赤く光る。
次の瞬間。
義体が走った。
アスファルトが砕ける。
黒瀬が撃った。
ドォン!!
ショットガンの轟音。
弾丸が義体の胸装甲に叩きつけられる。
火花。
だが止まらない。
義体はそのまま突っ込んできた。
蒼が横から跳び込む。
ナイフ。
関節。
火花。
だが義体の腕が振り払われる。
蒼の体が道路を滑る。
凛が叫ぶ。
「蒼!」
久世が撃つ。
パンッ!!
パンッ!!
二発。
弾丸が義体の肩関節に当たる。
火花が飛ぶ。
義体の動きが一瞬止まる。
黒瀬が踏み込む。
ショットガンの銃口を義体の胸に押し付けた。
ドォン!!
至近距離。
装甲が弾ける。
義体が後ろに倒れた。
だが。
まだ動く。
関節から火花が散る。
脚が痙攣する。
久世が近づいた。
銃口を頭部センサーに向ける。
「終わり」
パンッ
銃声。
センサーが砕けた。
義体の動きが止まる。
静かになる。
遠くでサイレンが聞こえてきた。
凛が息を吐く。
「……重い」
黒瀬が義体を見下ろした。
「軍用だな」
蒼が立ち上がる。
膝の埃を払う。
久世は義体の顔を見た。
装甲の隙間からケーブルが見える。
その奥。
小さな端子。
エニマが言った。
「隊長ォ」
久世
「何」
エニマ
「信号」
久世
「どこ」
エニマ
「都市ネットワーク」
黒瀬
「またか」
エニマ
「違う」
少し間。
「誰か」
「見ている」
久世は空を見上げた。
ドローンの残骸が道路に転がっている。
都市の光が遠くで揺れている。
その都市の奥で。
Λは。
戦闘ログを。
静かに記録していた。




