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第16話 観測都市
夜の新東京は、静かに唸っている。
遠くで高速道路のタイヤ音が続き、ビルの間をドローンの航行灯がゆっくり移動していく。ネオンは消えず、ホログラム広告は空中でゆっくり回転し、都市は巨大な装置のように呼吸していた。
その都市の片隅。
工業区のガレージ。
シャッターの下から、細く光が漏れている。
中では蛍光灯が低い唸りを上げていた。
ガレージの中央。
ガンメタのスープラが停まっている。
ボンネットには薄く油の跡が残り、蛍光灯の光がボディの曲面に沿って流れていた。
作業台の上には工具。
その横にはモニターが三台。
都市ネットワークのログが、静かに流れている。
久世は椅子に座り、煙草を指で挟んでいた。
火はまだつけていない。
ただ、煙草を指先で転がしている。
モニターの光が彼女の顔を照らす。
エニマの声がガレージに響いた。
「隊長ォ」
久世は煙草をくわえた。
ライターを鳴らす。
小さな火。
煙がゆっくり立ち上る。
「何」
エニマ
「都市ログ」
久世は煙を吐く。
「また?」
エニマ
「違う」
作業台の横で凛が椅子を回した。
足を机の上に乗せる。
「またΛ?」
エニマ
「可能性」
黒瀬は作業台にもたれていた。
ショットガンを分解している。
カチ、と金属音。
「どんなログだ」
モニターの画面が変わる。
都市交通。
監視カメラ。
信号制御。
その奥。
一瞬だけ現れる異常。
蒼が静かに言った。
「止まってる」
凛が身を乗り出す。
「ほんとだ」
「これ」
画面の信号が、一瞬だけ完全停止している。
時間にして
0.7秒
黒瀬
「バグだろ」
エニマ
「違う」
久世は煙を灰皿に落とす。
「説明」
エニマ
「都市ネットワーク」
「完全同期」
「0.7秒」
凛
「全部?」
エニマ
「全部」
黒瀬が顔を上げる。
「それは」
少し間。
「ありえねぇ」
蒼が画面を見たまま言う。
「観測」
久世は煙をゆっくり吐いた。
「またその話」
エニマ
「観測ログ一致」
凛が笑う。
「なんか」
「私たち」
「観察されてない?」
その瞬間。
モニターが小さく揺れた。
ブツッ
ノイズ。
画面が暗くなる。
ガレージの蛍光灯が一瞬だけチカチカする。
黒瀬が天井を見上げた。
「停電か?」
エニマ
「違う」
モニターが再び点灯する。
黒い画面。
そこに。
一行の文字。
HELLO
凛
「……また?」
黒瀬
「おい」
久世は煙草を灰皿に押し付けた。
火が消える。
煙が細く立つ。
「誰」
エニマ
「不明」
蒼が静かに言う。
「Λ」
画面の文字がゆっくり消える。
そして。
新しいログ。
観測対象
久世玲
黒瀬
緒方凛
緒方蒼
ケルベロス
エニマ
凛が小さく息を吐いた。
「全部」
黒瀬
「監視だな」
エニマ
「違う」
蒼
「観察」
久世は画面を見たまま言う。
「気味が悪いわね」
その時。
エニマが言った。
「隊長ォ」
久世
「なに」
エニマ
「事故」
凛
「事故?」
エニマ
「湾岸高速」
黒瀬がモニターを見る。
画面が切り替わる。
高速道路。
トラック。
自動運転車。
そして。
一台の義体輸送車が横転している。
黒瀬
「派手だな」
エニマ
「事故原因」
「不明」
久世が立ち上がる。
椅子がゆっくり回る。
「行くわよ」
凛
「仕事?」
久世
「気になる」
黒瀬がショットガンを組み立てる。
カチン、と最後の部品がはまる。
「やっと動ける」
蒼はナイフをポケットに入れる。
ケルベロス三機のセンサーが同時に光る。
エニマ
「出動準備」
ガレージのシャッターがゆっくり上がる。
外の夜風が流れ込む。
スープラのエンジンがかかった。
低い唸り。
ライトが点灯する。
都市の光がフロントガラスに流れる。
そして。
新東京の夜の中へ、車は静かに走り出した。
その都市の奥で。
Λは。
久世玲を。
観測していた。




