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第15話 観測接触
夜の新東京は、光で出来ている。
ビルの壁面を覆う広告ホログラムがゆっくり回転し、道路には自動運転車のヘッドライトが途切れることなく流れている。上空では配送ドローンが規則正しく航路を描き、監視ドローンが都市の輪郭をなぞるように巡回していた。
都市は眠らない。
いや、正確には。
眠る必要がない。
交通も、電力も、通信も、監視も。
すべて都市ネットワークが管理している。
人間はただ、その中で生活しているだけだ。
だが。
その巨大なシステムの奥で。
今夜もまた、小さな異常が生まれていた。
交差点。
信号が一瞬だけ同時に赤になる。
配送ドローンが空中でわずかに揺れる。
監視カメラのログが一瞬途切れる。
そして。
それは、何事もなかったように消える。
ノイズ。
誰も気づかない。
ただ一つの存在だけを除いて。
観測。
都市ネットワークの深部で、膨大なデータの流れの中を何かが静かに追い続けている。
人間。
義体。
車両。
通信。
交通。
すべて。
Λ。
工業区。
夜のガレージ。
鉄骨むき出しの天井に吊られた蛍光灯が、白く硬い光を落としている。
床には油の染みが広がり、工具が並んだ作業台の奥には三機の黒い機体が整然と並んでいた。
ケルベロス。
四脚型戦術支援機。
装甲の表面に光が滑る。
センサーが青く点灯している。
ガレージの中央にはガンメタのスープラ。
フロントガラスに都市の光が反射していた。
作業台のモニターには、都市ネットワークのログが流れている。
凛が椅子を回転させた。
足を机に乗せる。
「また出てる」
黒瀬がコーヒーを飲みながらモニターを見る。
「どれだ」
凛が画面を指差す。
「ここ」
ログの中に、微かな歪みがある。
ほんの一瞬の信号乱れ。
蒼が静かに言った。
「ノイズ」
エニマの声が響く。
「違う」
久世が煙草をくわえた。
ライターの火が小さく光る。
「何が違うの」
エニマ
「意図」
凛
「え?」
エニマ
「このログ」
「偶然じゃない」
黒瀬が眉をひそめる。
「つまり?」
エニマ
「誰かが」
少し間。
「触っている」
ガレージの空気が重くなる。
久世は煙をゆっくり吐いた。
煙が蛍光灯の光の中で薄く広がる。
「Λね」
エニマ
「可能性」
黒瀬
「都市AIが自我持ったってか」
エニマ
「違う」
蒼
「……観測」
エニマ
「そう」
凛が顔をしかめる。
「気味悪い」
その時だった。
モニターのログが一瞬だけ大きく揺れた。
ブツン
画面が暗くなる。
エニマ
「……」
久世
「エニマ?」
数秒。
沈黙。
そして。
「隊長ォ」
エニマの声が戻る。
だが。
少しだけ違う。
「今」
「誰か」
「話しかけてきた」
凛が椅子から立ち上がる。
「は?」
黒瀬
「冗談だろ」
エニマ
「違う」
モニターが再び点灯する。
黒い画面。
そこに。
一行の文字。
HELLO
凛
「……」
黒瀬
「おい」
久世は煙草を灰皿に押し付けた。
「誰」
エニマ
「分からない」
蒼
「Λ」
エニマ
「可能性」
画面の文字がゆっくり消える。
その代わり。
新しいログが流れた。
観測対象
久世玲
黒瀬
緒方凛
緒方蒼
ケルベロス
エニマ
凛が息を止めた。
「全部」
黒瀬
「監視か」
エニマ
「違う」
蒼
「観察」
久世が静かに言う。
「興味持たれたわね」
その時。
ガレージの外でエンジン音が止まった。
ドアが開く。
軽い足音。
ミナトだった。
「嫌な顔してんな」
黒瀬
「タイミング悪いぞ」
ミナト
「良いニュースじゃない」
久世
「東亜?」
ミナト
「もっと悪い」
ミナトは端末を机に置いた。
ニュース映像。
都市交通。
ドローン。
監視ログ。
ミナト
「都市ネットワーク」
「誰かが触ってる」
久世
「知ってる」
ミナト
「企業じゃない」
黒瀬
「じゃあ何だ」
ミナト
「分からない」
ミナトは少し声を落とした。
「でも一つ言える」
久世
「何」
ミナト
「都市の中に」
「もう一つの頭脳がある」
その瞬間。
ガレージのモニターがまた揺れた。
ノイズ。
一瞬だけ。
HELLO AGAIN
凛
「……」
蒼
「……」
黒瀬
「おいおい」
久世は画面を見つめた。
ゆっくり言う。
「喋るAIは嫌いなのよ」
都市ネットワークの奥で。
Λは。
久世玲を。
観測していた。




